Far East Lounge 三代目春駒小林一彦オフィシャル 小林一彦イラスト

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2005年06月の日記

叔父の葬儀、、、人に歴史在り、、、 (2005.06.30)

謙二叔父の葬儀に参列。親父の兄弟(男ばっかり5人)は、皆、スポーツ万能。次男の謙二叔父、三男である俺の親父シゲチャン、四男のミキタ叔父(30年前に他界)の三兄弟は競輪選手として活躍していたし、長男レイゾウ叔父(〜〜年前に他界)は優秀なサッカー選手だった。謙二叔父は昨日の日報にちょこっと書いたとおり、タップダンサー>ストリップ劇場のコメディアン(笑)>競輪選手>喫茶「活葉(かっぱ)」のマスターと、怒濤のトランスフォーメーションを展開したが、学生時代はやはりサッカー選手としても注目を浴びていた。ちなみに、サッカー選手時代の優れた資質を買われて広島東洋カープ〜ベルマーレ平塚の代表を歴任したこともある重松氏とはサッカー部時代の親友である(今日の葬儀にも出席しておられた)。

はてさて、火葬が終わって出て来た謙二叔父の骨を見て、居合わせた一同、ちょっと驚く。なんと、頭頂部から額にかけての頭蓋骨が、「どうだ!」といわんばかりに崩れることなく丸〜く綺麗に残っているではないか。
焼き場からの帰りの送迎バス車中で、当然のごとく、シゲチャンがでっかい声でその事について親族達に語り始めた。
「アニキはサッカーでヘッチン(ヘディング)やり過ぎたけぇ、デコチンが頑丈になってばっちり焼け残ったんじゃ。ワシャあ今まであんなの見たことないで。うわっはっはっは!」
大いにウケまくる親族一行。あの兄にしてこの弟ありってか(笑)。

その後、親族だけ再度葬儀場に戻り、談話室で茶を飲む。大叔父の三郎氏(御歳90)は、ほんの数年前までチャリで瀬戸大橋を往復する程の健脚(っつーかバケモンだな)であるが、彼の幼少時のハナシがメチャ面白かった。長くなるのでここには書かないけど、人にはそれぞれ、一編の小説になるほどの歴史があるのだ。特に戦争を挟んで生き抜いた人の、しかもここ広島で過ごした場合には、まさに手に汗握る波乱万丈物語となる。そんなわけで、俺の中には、彼らの話を聞き書きで残したいという思いが芽生えて来ている。

そうそう、今日初めてクーが歩いた。2歩!
通夜、、、次回ソロライブ決定、、、 (2005.06.29)

昨夜、親父のアニキである謙二叔父が逝ってしまい、本日午後、通夜。享年74才。その昔、俺の親父シゲチャンと「小林ブラザース」なるプロ・タップダンスチームを結成して各地を廻り、親父が辞めて競輪選手に転向してからも、たったひとり、コメディアンとしてストリップの合間に寸劇などを披露してまで、とにかくボードビリアンであり続けようとした男。俺が小さい頃、よく手品やショートコメディ、オカマやストリッパーのモノマネ(どうりで上手かったハズだ)を見せてくれたけど、それは子供の目から見ても非常に洗練されたパフォーマンスであった。そんな謙二叔父を親父はとても尊敬していたものだ。俺にとってもメチャ明るくて優しい叔父さんだった。こうして「伝説の男」がまたひとり涅槃へ。あの世でホトケさんたちを笑わせてあげて欲しい。

次回のソロライブ日程決定。7月15日(金)スタジオDUCKにて8時半スタートで1500円。
三度目の正直 (2005.06.28)

午前中、某大企業会議室にて、三度目のPV試写会。今回列席の御仁はS部長以外の十数名、すべて始めて見る顔ぶれ。試写後、どんなクレームが飛び出すかとヒヤヒヤしていたが、「鳥肌が立つほどカンドーした!」という最上級のホメ言葉もあったりして概ね好評。やれやれ。泥沼化しつつあったPV制作初仕事、今度こそフィニッシュ。その後、Kデザイナー、Yカメラマンらとメシを食いに行き、次の映像仕事をどう展開していくか作戦会議。不動産、飲食、ファッションetc、広範なジャンルに渡り、かなりの潜在ニーズがありそうな気配。映像制作だけじゃなく、映し出すモニターや機器の手配、さらにそれを組み込んだ店鋪orブースのデザイン設計など、完全オールインワンでやれてしまうのが俺らの強味でちゅ。

本日の放送、スタジオへのゲストは無し。電話インタビューで友人でもあるバレエダンサー中田千湖さんのみ。

放送終了後、チャリで自宅まであと数十秒のところで、路上の真ん中に小さくうずくまる黒い影。対向車のヘッドライトに浮かび上がったそれは、車に轢かれて即死したのであろう若い猫(子猫というほど小さくもなかった)と、そのそばに寄り添う親らしい猫。俺にはどうすることも出来ん。片手で拝みながら通り過ぎたが、自宅に帰りついてからも気になってしょうがない。で、2時間後、亡骸を処理してやろうと(オタマには「ちょっとビール買うてくる」と告げて)現場に戻ってみると、それらしい痕跡さえない。たぶん、俺が見た後で誰かが迅速に処理したのだろう。若猫よ、安らかに。
ニンニク効果?、、、徹夜なんて、、、 (2005.06.27)

朝目覚めた途端、強烈な便意。朦朧状態のままトイレに飛び込む。下痢ではない。健康的なヤツが出るわ出るわ、お茶立ちょ茶立ちょ、ちゃちゃっと茶立ちょ、おこそとのほもよろお(意味無し!)。
トイレを出て、コーヒー啜りながら新聞などぼんやり眺めて1時間後、またまた便意。すわ、今度こそ下痢ピーか?! しかし、先程しっかり出たのが信じられんほどの、またしても優良便御一行様。なんでだろう?昨夜、先生宅で奥田農園直送(兄弟子の奥田さんとこ)ニンニクの丸焼きをバクバク食ったから、腸がさらに活性化された? まぁいい。おかげで体が軽くなった気がする。便秘気味の人は一度お試しあれ。

今週はスケジュールがぎっちり詰まっている。それもほとんど一貫性のない別々のプロジェクト。なもんで、後半少しでもラクになればと、前倒し気味で仕事をスタートさせるが、深夜1時でタイムオーバー。俺は徹夜っつーのが好かん。それはド素人の証明である(そう広告の師匠に口酸っぱく諭された)。真のプロフェッショナルは徹夜などしないものだ。寝る時は寝て、明日に備えるべし。そんじゃ皆さんおやすみなちゃい。

私達、コドモのまんまでございます (2005.06.26)

俺を片手間ミュージシャン、片手間武道家と居勘違いしている御仁がいらっしゃるようだが、そう思いたければ勝手にどうぞ。俺はなぁ、めっちゃくちゃ情熱を注ぎ込んでおるのだよぉっつーわけで夕方、隔月で開催されている心体育道直轄道場主催「黒帯研修会」に参加。木剣術三十六式のうちの十六式まで習う。先日、某NHK教育TVで「楽しいなぎなた教室」なるものを見ていたところ、右半身オンリーで構える剣道と違い、なぎなたは瞬時に手を持ち替えて右半身、左半身、どちらにも自在に構えられることを知った。なぎなたの「長さ」を活かすための工夫なのだろうが、心体育道武器術と共通点があって面白い。相手が仕掛けてきた攻撃を合理的かつ迅速に制圧することのみに目的を置く心体育道<表の捌き>は、木刀を使用した場合でも、おそらく剣道家が見たら「ありえねぇ!」と絶句するような画期的術理で構成されている。俺はそれをカッコイイことと思う。あ、最初、武道家ウンヌンを偉そうに語ったけど、要は好きだからやっておるわけですな、やっぱし。

稽古終了後は、そのまま先生宅にて毎度の宴会。十代はタクヤ君だけであとは全員四十路。本日は「仮面ライダー」「スペクトルマン」「レインボーマン」などのヒーローものTVの話題で盛り上がる。ははぁ、俺らは幼い頃、強さへの憧れが強過ぎたからオトナになってもまだ元気一杯で武道やっているのだネ。っつーか、全然成長してなかったりして(笑)。

*写真:先週、大介画伯が広島を発つ前にクーにプレゼントしてくれた特製オリジナルツナギ(XLのTシャツをバラして夜なべで縫製!)を着せてみたらピッタンコ。最近、動きが激しくてラジカセやらなんやらを破壊しまくるクーのバトルスーツってか。

土と戯れ、汗にまみれ、、、 (2005.06.25)

延ばし延ばしになっていた、人類を救うかも知れない北インド原産の魔法の木「モリンガ」の種をやっとこさ植えた。ホームセンターでテキトーに買ってきた土&肥料を、これまたテキトーに混ぜ合わせ、天然素材のポット「ジフィーポット」に入れたのち、2センチの深さ(ここは指示通り)に種を押し込んでからジョウロで適度のお湿り。この、土と戯れる作業がことのほか新鮮で面白くすっかり無中になり、気がつけば27鉢も作ってしまいやんした。誰がここまでガンバレ言うた? たったの半年で4〜7メートルも伸びるんど。数年たてば15メートルど。ヘタすりゃ俺んちジャングルになっちまうじゃんか。誰かもらってくれぇ〜。

夕方道場へ。今日の稽古も激烈を極め、おそらく道場内は40度を超えるまでヒートアップ。ラストの黒帯同士によるフリー組手10ラウンドでは最後はみんなヘロヘロ。
稽古終了後、着替えていると道場の外でビチャビチャビチャ、ジョボジョボ〜、と盛大な水音。立ちションしているのではない。広大の空手部主将もつとめる茶帯の浜崎クンが、汗をたっぷり吸った空手着を絞っているのである(笑)。地獄のシゴキで知られる新日本プロレスの新人トレーニングでも、稽古終了後にはテッシュが浮く程、床に汗の水たまりが出来るという。ボクチャンたちもけっこうイイ線いってますな。 そんでもって稽古後のビールは天にも昇る格別のウマサなり。

今日、この一日 (2005.06.24)

フリーランスになって一年と4カ月、収入はまったく安定しない。あるときはあるし、ないときはない。こうのような事態はホリエモンでないが「想定済み」の圏内であり、それよりむしろ前々から、そうなった時の自分の心理状態にすごく興味があった。正直な気持ちを言おう。どうってことはない。
前にも書いたかもしれんけど、数年前、俺が網膜剥離手術とその後の療養で約一カ月、休職を余儀なくされた時、「株式会社」に籍を置いていることが、実はいかに社会的に守られていない、危うく脆いポジションに置かれているのか(社会保険など全くアテには出来んぞ。事実俺はゴッソリ給料を減らされたからな)十二分に理解出来た。いや、会社も国家も、結局のところ、幻想である。混迷の現代を強く明るくフシダラに生きるには、やはり自分自身の足で大地を踏みしめる以外に無い。そんな、心地よい緊張感と供に今、日々を過ごしていられることのなんという確かさよ。むははははー。今日も明日も俺のために在るのだね。てなわけで(どんなわけや?)、急遽、来月中にスタジオDUCKでソロをやるつもりでいる。新曲あるど。リズムマシンも使うど。

*写真:大介画伯に負けじとばかり某環境月刊誌次号の表紙イラスト用に描いた、鉛筆によるイワナ。俺もTシャツ描いて売ろうかな?ダメ?

そして旅はつづく (2005.06.23)

午後イチで俺のクルマに大介画伯を乗せ、西区庚午南にある「上田製パン店松庵」のボス、上田ぱんのすけ氏に、頼まれていたTシャツ2枚を納品に行く。上田氏、最初このシャツを作業着に使用すると言っていたが現物を見て「こりゃあすごい。着るのもったいないんで、しばらく店内に飾っておきます」とのこと。大介君よ、自信持っていいぜ。広島で一番味にうるさいお好み焼き屋「ひらの」に続き「魂のパン屋」でさえ、こんなにもキミの作品を高く評価しているのだよ。
すっかり慣れ親しんだ俺の実家に一旦戻った大介君、喫茶こばやしでの最後の腹ごしらえをし、シゲチャンやオフクロにも別れを告げ、松山行きフェリーに乗るため約2キロ先の宇品港へ向けて徒歩旅行再開。これで2週間以上にも及んだ「大介うるるん滞在記」じゃなかった「香川大介プロジャクトin広島」という名のひとつの祭りが終わった。ここで描いたTシャツは50枚、それもほとんどが「鯉」の図柄ときたもんだ。反響あったねぇ。俺も随分刺激をもらったぜ。彼のおかげで「あの空」なる新曲も出来たし。俺が愛用していた超即乾性のパックタオル、簡易シェルターにもなるコールマンのポンチョ、強風に強く通気性のあるカブーのキャップは餞別として受け取ってくれたまえ。
シゲチャン、寂しいのか(絶対間違いねぇ!)電車通りまで一緒に歩いて送っていくと言い張ってきかない(笑。下の写真見て)。

こうして旅はさらに続くのである。っつーか、まだ始まったばかりじゃん。大介君のも、俺のも、みんなのも。生きてりゃまたどっかで会える。アディオス!再見!ダスヴィダーニャ!元気での〜!また鯉、いや、来いよ〜!

『あの空』  詞・曲/三代目春駒

始まりは いつもひとり
たわいない 小さな夢
手探りの日々 何度も迷い
それでもいつか 会えそうな気がして

 わたしの歌を うたう時がきた
 飾らない 内なる声のまま
 消え入りそうな この胸の想い
 まっすぐに yeay あの空めがけて


静かに 星は巡り
遥かな 時を刻む
交わしたはずの 約束は
とっくの昔に 忘れ去られても 

 あなたの歌を うたう時は今
 ためらわず 内なる声のまま
 張り裂けそうな その胸の鼓動
 高らかに yeay あの空めがけて

 まっすぐに ただ あの空めがけて

夏のビート、、、あの空、、、 (2005.06.22)

昼過ぎ、レギュラーの執筆業務に没頭していると裏庭(比治山)の頂上あたりから突如、チャカポコチャカポコとジャンベらしきパーカッションサウンドが。それも一つや二つではない。十数人程度と思われる大所帯がスコールのような、セミ時雨のような怒濤のビートを刻んでいる。なにかの発表会の合同練習か、それともただのセッションか知らないが、妙に気分よかった。平日の真っ昼間に山に登ってパーカッションとは、実に豊かな連中ではないか。結局、この陽気なサウンドは2時間近く続いた。ああ、もう夏なんだ。

「あの空」という新曲が完成。放浪の画家、香川大介君と出会ったことで、最後のピースが埋まった。黙ってオタマに歌って聴かせると「それ誰の曲?すっごくイイじゃない」と嬉しいことを言ってくれる。このひと、ダメならダメとキツイこと言うからねぇ。しかしオタマ「また最高傑作が出来たってシュウさん(ちゅーぴー梶山)に言うんでしょ」と付け加えるのを忘れなかった(笑)。ははーっ、なんでもお見通してございます。

*写真:20日に出たばかりの南條範夫原作、山口貴由著「シグルイ・第4巻」。今、ここまでエグイ劇画が他に存在しうるのか?登場人物たちのまさに臓腑をえぐるような死にもの狂いの攻防=死狂い(シグルイ)に、ただただ息を飲むばかり。マンガなんて、と軽〜く見ている御仁も必読!

風を感じて (2005.06.21)

昨年8月に広島公演を果たした(それもよりによって台風の日!)アイルランドの新進気鋭異端バンド「KiLA」に山口洋クンのHEATWAVEが参加した4曲入りマキシシングルが届きました。んあー、いいないいな。素晴らしいな。山口クンは充分ワールドレベルのミュージシャンだぜ。いや、実際、じっくり見渡してみれば、案外世界で通用しそうなヤツは身近にも少なからずいるな。誰とは言わんけど。

本日のラジオ、ゲストはテディクマ氏とナカハラヒサロオ氏。ナカハラさんにはいい風を感じた。やっぱなんだかんだ言いながら走り続けている人は輝いている。俺も負けられんス。
ギブソンJ200、、、マッチョ鯉、、、 (2005.06.20)

昨夜の勇造師匠のギブソンJ200がまだ頭の中で鳴っている。涼やかに、ワイルドに、メロウに、潤い、うねり、飛翔する。変幻自在に紡がれる旋律の妙は、俺の知るギターという楽器の限界を軽々と超えていた。何十回も見ているハズなのに、昨夜のそれはまた、新鮮な感動をもたらす刹那の連鎖。酔いしれましたです。
それからもうひとつ、あらためて思ったのだけれど低音弦の「ドゥウウ〜ン」という、なにか巨大な生き物が水に飛び込んだかのような重く深い響き、この音が出せるギター弾きは世界にただひとり、勇造師匠だけではないかしらん。ギターの形状(J200はいわゆるジャンボタイプ)もあるだろうが、それだけじゃ説明つかん。弾き手によって、少しずつギターの成分も変化するに違いない。俺が前座のラストで彼にJ200を借りた際、手に持った瞬間マジで電流が走ったけんね。「こいつは生きとるばい!」と何故か博多弁で叫びたい気分だった。とはいっても俺がJ200を欲しくなったワケじゃない。とてもこんな暴れ馬を乗りこなせない。俺に似合うのはやっぱりドレッドタイプ。ジャンボタイプに比べてちょっと華奢なボディをぐいぐい攻めるのがエエんじゃよ〜(笑)。
夜は大介画伯の「マッチョ鯉」が描かれたベイビーテイラーの弦を数年ぶりに張り替え、弾きまくる。ドレッドタイプよりさらに一回り小さなショートスケールのバックパッカーモデルながら、これまた鳴るなんてもんじゃない。某有名ロックシンガーがこれでレコーディングしている映像を見た事があるが、なるほど侮れないヤツである。押しの強い絵も描いてもらったことだし、ピックアップ付けてステージでも使おうかな。

某デオデオに修理に出していたラジカセの見積もりが来た。なんと一万円もかかるんじゃげな!1万5千円で買ったのによぉ。トホホ。しかし、見捨てることはしないのだ。しっかり治してもらってこい。

*写真:ベイビーテイラーのボディに描かれたド迫力のマッチョ鯉。これはヒゴイやマゴイではなく、まさに「スゴイ」ってか。

歌運長久 (2005.06.19)

夕方、「OTIS!」で我が師匠、豊田勇造さんのライブ。通例なら、俺とちゅーぴー梶山で前座をつとめるのだが、梶山は遠征で不在のため、俺ひとり、ウクレレ一丁で4曲、師匠のギブソンJ200を借りて1曲やる。
そして師匠。一部では「大文字」「ある朝高野の交差点近くをウサギが飛んだ」「ジェフベックが来なかった雨の円山音楽堂」など懐かしいナンバーが中心。J200から紡ぎ出される超絶の旋律に、俺の誘いで今回はじめてライブに足を運んだ江都屋氏やイサジ姉も口をあんぐり。ね、スゴイでしょ?
二部の後半では俺もステージにあがってセッション。「走れアルマジロ」をウクレレでサポート。これが意外と良かった。速いビートを刻むとウクレレというよりマンドリンみたく軽やかな疾走感が出るもんだ。新発見。
しかし師匠、来月2日には56才というけど、歌もギターもブンブン唸ってる。相変わらず、ではなく、さらに進化しているカンジ。やっぱりまだまだかなわんわい。年に一度の広島ライブ、そのうちいつかホームグラウンドの京都で聴いてみたい(かの地ではバンドでやられるそうだが、俺はギター本のほうが好きかも)。師匠、幾久しく、お健やかに!

壁画完成 (2005.06.18)

夕方、駅前のジュンク堂へ資料を買いに行った帰りにスタジオDUCKによると、おおお〜っ、遂に香川大介画伯の壁画が完成しとる〜。もう、なんかね、店の空気さえ変わった気がするのは俺だけか?広島という土地に関して、良い所、悪い所、両方俺には見えている。音楽やって、広告デザインやって、ラジオのパーソナリティやってりゃ、そりゃぁいろいろ見えてきますわな。そんで最近は気に入らない広島のほうがウエイト重かったんだけど、それを見事にシェイクして中和してくれたどころか、俺はマジ、広島を見直したぜよ。DUCKのボスにして中国地方最大の巨乳奉行、チカチャンも「えらいことになったぁ!すごすぎるよぉ」とオッパイを揺らしながらコーフンを隠せない。俺もこの絵を見て、なんとも思わねぇヤツとは金輪際、口をきかないことにする(笑)。大介君の広島入りを、最初に出迎え、サポートしたのは確かに俺かも知れないが、それから約10日間、彼の作品に呼応してくれたのは気のおけない友人達であり、そのまた友人であり、近所のお好み焼き屋とか散髪屋とか接骨院とかのオッサンオバハン達であった。そしてトータルにして何十枚もTシャツをオーダーしてくれたのだ。あんたら、わかってらっしゃいます。
常日頃、文化的芸術的感性が貧しいと揶揄される広島、全然そんなことないって。俺は心から嬉しい。

夜は道場へ。夏前ということもあり、道場内はあっちゅーまにサウナ状態。苦しい時期になってきたどぉ、、、、でも、自主的なひとり稽古をほぼ毎日やっているのはいいが、やっぱ週イチは道場へ来ないとピリっとしない。稽古を終え、外へ出ると涼しく感じるなんてもんじゃない。「寒う〜!」と絶叫しながらチャリを漕ぐ俺と兄弟子S氏はそうとう奇異に見えたことだろう(笑)。

*写真:これは壁画制作3日目あたりの大介画伯。大半が細書のマジックペンで描かれているというのがすごい。離れて見るとダイナミック、近寄れば超緻密。今後、この作品には彼が広島を訪れる度、少しずつ手が加えられ増殖する予定。つまり「生きているアート」なのだ。アーと驚くでちょ?

誕生日会 (2005.06.17)

夕方、一日早いのだが、倅、クーと甥っこ直樹(こやつは11日)の合同誕生会。大介画伯も参加し、ムニャムニャとごきげんなひととき。いやぁもう一年か。俺もしこたま飲んでレレレのレ。

*写真:大介君にプレゼントされたドラゴンTシャツを着てロウソクに息を吹きかけようとする直樹(右)と、どーでもいいから早くケーキが食いたいクー。

顔の見える距離 (2005.06.16)

朝イチで某大企業に出向き、社長以下重役クラスなど錚々たるメンツを前に、企業PV二回目の試写会。上映が終わり、やや沈黙があって、部長氏が「ちょっと長いんじゃないの」と口火を切ったのを合図に、各氏からなんやかやクレームが。社長も「インタビュー部分などいらん。取り除いてしまいなさい」と言い出す始末。
ふむ、俺の出番だ。肚にグッと力を込め、いかにこの映像が新しいアイデアを盛り込んだ作りになっているか、なぜ20分もの長さが必要かを熱弁。社長にも遠慮なく反論を述べる。けっこう俺の語気が強かったせいか、向かいのテーブルに座った代理店担当者の引き攣った顔が何度か目に入ったがおかまいなし。俺は相手が誰であれ、言いたいことは言う。これから求められるテイストをカタチに出来たという自信があるからだ。で、俺の説明を聞き終わって社長氏「生意気なやつだなキミは。もう帰りたまえ!」などということにはならなかった。ナントほぼ全員、俺の意図を理解してくれたのだ。それどころか、社長氏、退席時に「素人がつまらぬことを言って悪かった」とニッコリ。器のでかい社長である。
思えば、広告デザインプロダクションに居た頃、某最大手代理店担当者はこのような「説得」をほとんどやってくれなかった。「クライアントがこう言っているから期日までに直しておくように」と言われてきたことをそのまま伝えるだけの伝書鳩でしかない。今は俺がフロントに立って、こうしてクライアントと直に向き合ってコミュニケーションをとっている。やっぱり互いの「顔」が見える距離が一番だ。いや、こんな時代だからこそよけいに思う。

今度の日曜、俺の師匠、豊田勇造さんのライブがある。ひとりでも多くの人に来てもらいたくて、あちこちメール送ったりデンワしたりのエブリデイ。思い返せば彼と最初に出会った20数年前、俺はあまりのショックに、それまで聞いていたすべてのミュージシャンを否定した。もちろん俺も含めて。リアルであるとこ、そして自分の表現形態に「制限」をもうけないこと。彼から教わった重要なことは今も俺の中で息づいている。だから俺は演歌あり、ヨーデルありのバーリトゥードミュージシャンになっちまったのか?
師匠、今度はどんな新しい歌を聞かせてくれるのでせう。

*写真:喫茶こばやしの2階で創作に没頭する大介画伯とツーショット。「さすがに<鯉>は飽きちゃいました」と画伯。ちなみに福岡では<鷹>が圧倒的に人気だったとか。それじゃ大阪では<虎>、名古屋じゃ<龍>っつーことですな(笑)。写真提供byうさぎ屋さん

実戦スパーリング、、、ラストオーダー、、、 (2005.06.15)

牛田のKデザイナー宅にて、明日、今度こそ納品を迎えることになるはずの某大企業PV最終チェック。Yカメラマン、新しい編集ソフトの操作にもすっかり習熟し、画面テロップも前回よりかなり見やすくオシャレになっている。うん、十二分にカネのとれるレベル。Kデザイナーによれば、すでに他企業から数件、新規オファーが来ているらしい。今回は初仕事ということもあり、ありとあらゆるすったもんだを経験したが、いいスパーリングになった。どんどん仕事こーい。

一方、仕事が来過ぎてTKO寸前なのが実家「喫茶こばやし」に居候中の大介画伯。マジ、これ以上注文を受けると広島に骨を埋めなければならん(笑)。っつーことで彼と相談の結果、一応オーダーは〆切らせていただくことになりました。Tシャツ買ってくれた皆さん、本当にありがとうございました。彼もあと一、二日程度で喫茶こばやしから、俺の親友で大工のSさん宅にお引っ越し。四国へ向けてのファイナルステージで、どんな作品が生まれるか楽しみにしてまっせ。
鯉に恋して、、ゴールドの男、、壁画依頼、、 (2005.06.14)

昼過ぎ、メールで入ったTシャツオーダーの明細を持って、実家の大介君を見舞う。「見舞う」という表現はけっしてオーバーなものではない。バックオーダーを大量に抱え、ふぅふぅ言いながらも幽鬼のごとくTシャツにかじり付いている姿は在りし日の「棟方志功」を連想させ、、、ないっつーの(笑)。でも、ホントにがんばってるよぉ。オーダーしてくれた人、期待しててね。
「それにしても春駒さん、広島ではやたらと<鯉>が人気なんですよ、なぜでしょうかね」
「そりゃ大介君、広島は江戸時代から鯉とは縁が深いけぇよ。広島城は通称<鯉城(りじょう)>じゃし、なんつーても広島カープはCarp=鯉じゃん」
「あ、、、、、」
てな具合で、ここらへんの天然リアクションも大介君らしいではないか。

本日のラジオ、ゲストは昨日の日報にも書いた通り、最近「アサヒ・ゴールド」のCFでもおなじみの俳優、別所哲也氏と、楠木町の怪人、野中ヨシオ氏。スタジオで彼との本番トークが始まった瞬間思わず「金が出たぞぉ〜っ」と言ってしまった俺(笑)。別所さん、言葉の端々に映画への並々ならぬ愛がうかがえた。顔だけではなく性格もナイスガイ。

放送終了後、スタジオDUCKで飲む。マスターの大巨乳チカチャン(当HP人間世界遺産参照)と従業員の藤丸君に大介作品をデジカメで見せたら、藤丸君は一枚欲しいと言い、チカチャンはなんと、店内の壁に絵を描いてもらえないかと素晴らしいオファー。早速大介君を呼び出し、キャンバスとなる幅約3メートルの壁面をチェックさせる。
「3日かかりそうです」
「よっしゃ。それじゃチカチャン、工賃プラス、一日ビール一本サービスしたってや」
「オッケー!」
っつーことで広島滞在で一番の大仕事が決定〜。

*写真:この壁一面、半永久的に大介作品が残ることとなる。「殺風景じゃけ、なにか絵が欲しいと思うとったんよ」とチカチャン。オッパイも度量もでっかいど。

映像vs音楽 (2005.06.13)

週明け恒例、怒濤の執筆地獄。
午前中、某映像プロダクションのN氏からの要請で、明日の放送に俳優の別所哲也氏がスタジオ生出演することになった。別所さん、最近話題となっている「ショート・フィルム(短編映画とは別の映像表現ジャンル)」の普及活動を積極的に展開しているらしく、今回は来月観音のマリーナホップで開催されるショートフィルムイベントのPRで広島入りとか。著名人が、新しい映像作家のデビューチャンスになるかもしれないこのようなイベントをバックアップするのは素晴らしいと思う。それにしても、このところ映像系がヤケに元気いいではないか。メジャーとマイナーの枠を取り払おうとする意気込みを感じる。世界に通用する映像作品や作家が日本からゾクゾク輩出しているのに、音楽はなにゆえここまで貧弱なのでせう(笑)。ほんっま、売れているメジャーアーティストのほとんどが<子供騙し>である。イマジネーションに欠ける稚拙な歌詞、パクリまくりのメロディ、安易なアレンジ。大のオトナが聴けるシロモノではない。いや、むしろ「むしまるQ」「あにまるQ」などの子供向け音楽の方に俺は創意とパッション、そして現代社会への痛切な批判・風刺まで感じる。伝えるべき対象がハッキリしているからか?とにかく面白い!

夜、実家に寄り、大介君と今後のプランを話し合う。Tシャツの売れ行きが好調で、四国へ渡る資金もあと数日で確保出来そうだ。あっちゅーまの一週間だったねぇ。しかし、北海道に着くのはいつ頃になるんだろう?

*写真:大介ギャラリーその3。右脇腹あたりに、釣り針をくわえようかどうしようか迷っている魚の図。

チャンスはギブ&テイク、、、天才画伯轟沈ス、、、 (2005.06.12)

オタマが演奏の仕事で早朝に出かけたので、8時半頃、クーと揃って起き、午前中いっぱい二人だけで過ごす。ミルクをやり、オシメを替え、おもちゃで遊び、音楽を聴き、またオシメ替え、抱き上げてあやし、、、それにしても俺がオムツの中のウンコを覗き込んでチェックし「うほっ。こりゃまたでっかいブツをぶっ放したもんじゃのう!エライどぉ」などと喜色満面で叫ぶ図など、とても数年前まで想像だにできなかった。なってったって、20代は『反逆のロッカー』と呼ばれていたんだぜ(笑)。
俺がこのようにクーと毎日楽しそうにしているのを見てダブルインカムノーキッズを標榜していた結婚12年の某友人も「やっぱワシも子供つくろうかの」と言い出す始末。うん、悪くないぞい。子供不要論者にもそれなりに言い分はあるのだろうが、ぶっちゃけたハナシ、俺らも親が産んでくれて、チャンスを与えてくれたからこそ、こうしてバカやってられるんだからニャー。今度はチャンスを与える側になるのもいいもんよ。

さてお待ちかね、放浪の天才画家、香川大介君速報。彼は昨夜、多感な10代を共に過ごした親友S君(現在広島大学生で東広島在住)と3年ぶりに旧交をあたため、いや、あたため過ぎて爆発炎上、朝帰りの人となり本日は二日酔いでダウン(やっぱり書いてしまった、スマン大介君)。シゲジイやオフクロも「二階の画伯、ダイジョーブじゃろうか?」と心配しとったど。ぶははー。まぁこういう日もある。そうこうしているうちにも容赦なくメールやデンワでTシャツのオーダーやら問い合わせがじゃんじゃん入ってきよるのがスゴイ。
ところで俺が当初計画していた、シーカヤックのスターン(船首)にイラストを描いてもらうというプランだけど、俺のフネを作ったビルダーにデンワで直接聞いてみたところ、どうも無理のようだ。海水や砂利の摩擦に耐えうる強力な樹脂コーティングがブ厚く施してあるため、油性マジックどころかペンキでも難しいらしい。残念。なもんで、愛器テイラーのバッグパッカーバージョン「ベイビーテイラー」の表板ボディ(このモデル、アコースティックギターには珍しく無塗装)にお願いしようかと思っている。俺も「鯉」か「金魚」がいいかなぁ〜。いっそのこと欲張って「花鳥風月」っつーテーマで大作を描いてもらうか?!

*写真:大介ギャラリーその2。残念ながらこれはすでに売約済み。やっぱりというかサスガというか、彼の作品を高く評価するのはデザイナーやミュージシャン、カメラマン、こだわりのオリジナルパン屋さんなど、圧倒的にクリエイターが大半を占める、、、、と思いきや、フツーのオッサンやオバチャン、子供までかなり幅広い層から支持を得ている。まだまだ注文受け付け中。それより、この調子じゃ半永久的に四国には渡れそうになかったりして(笑)。

時代は回る (2005.06.11)

CD&MDラジカセの左側スピーカーがイカれてしまったので、宇品の某デオデオに修理に出す。5年無料保証期間が過ぎていたため、一体いくらかかるのかわからない。もともと安いラジカセだったから、ヘタすれば買い替えたほうがトク、っつーことになる可能性も。思うに、この国はそろそろ使い捨て社会から脱却し、もっと修理体制を充実させねばならんのじゃないか?たとえばロシア。かの地では一般民衆の多くは日本製の中古車に乗っていると聞く。寒冷地だから、吹雪の日など故障による車の立ち往生は命に関わる緊急事態だ。ドライバーは必然的に修理技術に長けることとなる。エンジンベルトが切断した場合ならパンティストッキングで代用。また、エンジンを始動しやすいよう、あらかじめエンジンユニットをボロ布ですっぽり覆ってしまうそうな。
貧しかった昭和30年代まで、このような掟やぶりの修理は日本でも恒常的に行われていたらしい(俺が聞いたので凄かったのはラジエターのひび割れを七味唐辛子で修理した北海道の修理工のハナシ)。そんな、必要に迫られて柔軟な発想で編み出した独自の工夫の数々が、日本の重工業・機械技術を飛躍的に進歩させる礎となったと俺は見る。
壊れりゃすぐ買い替える。その先人達の遺産を食い潰すかのような安易さは、モノを大切にする心を失わせるだけでなく、技術レベルをも大幅に衰退させるに違いない。環境にも悪い。全然先進国じゃないぜニッポン。

夕方、近所にある従兄弟宅にて、父親方のおばあちゃんの白寿祝い。親族約30名が集結。俺のおじさん、おばさん、従兄弟達もちょっと見ないうちに随分フケたもんだ。おばあちゃんにとってのひ孫も10人近い。なにをしてもしなくても、時代は確実に過ぎてゆきまする、嗚呼、ゆきまする。

凄腕営業マン登場 (2005.06.10)

久しぶりに胸くそ悪い夢を見る。俺のケイタイが誰かに悪用され、たいへんな金額の不当請求を受けるというかなりリアルなもので、マジ、うなされて目が覚めた。汗ビッショリ。時計を見るとAM3:30。ああ、夢でヨカッタわい、と再び寝入って30分後、俺のケイタイが鳴り始めたもんでビックリ。誰じゃいこんな時間に。絶対出んぞ。
んで、9時頃もそもそ起きて留守電を確認したら、しみったれた女性の声で「アスカです。こんな時間にゴメンナサイ。ずっとお電話差し上げてるのに出てもらえなくってウンヌン」、、、知るかそんな女性(笑)。迷惑メールに替わる新手のシンチキ商売だろう。振り込め詐欺をはじめ、顔が見えないのをいいことにまったくロクでもない金儲けを考えやがる。みんなも気を付けましょう。

大介君のTシャツプロジェクト続報。「ウチに妙なヤツが居候しとるんじゃが、これが若いのにたいした絵描きでのう。ちょっと作品を見てやってくれ」と、シゲジイ=俺の親父が自主的に、喫茶こばやしの常連客やら、近所の接骨院の大将やらに熱烈セールスを敢行したらしく、朝っぱらから(大介君は喫茶こばやしが賑わいはじめる朝7時半に叩き起こされたらしい)売れ行き絶好調とか。バックオーダーまで抱えることになり、昨日の消沈ぶりから一転、いけいけドンドン気分で創作に励んでいる。そうとも。Anytime,anywhere、シゲジイの押しの強さは天下一品。息子の俺でさえ「あそこまで厚かましくなれたら、俺もビッグになれたかも」と妬む程だ。こうなりゃもっと押し売り、いや、販路を拡大してもらおうと、大介作品を撮影しプリントしたものをアルバムにまとめたシゲジイ用見本集を急遽制作。

夜、友人のプロカメラマン芥川さんのスタジオ改装記念パーティーに参加。他にはコピーライター、デザイナー、そして何故か「獅子舞」のプロも。途中、俺が大介君の話を切り出すと、みんな興味津々。そしてなんと、5枚も注文をとってしまったぜ。早速大介君にデンワすると、「こっちも露天で2枚売れました」と嬉しそうな声。昨日、二人で再度リサーチして目星を付けていたポイントが当たりだったようだ。明日から生産ラインもフル稼動だぜ〜。

*写真:大介ギャラリーその一。暑さが厳しくなるこれからは、このような鯉や金魚など、水生生物関連が売れ線かも。値段は2千円前後。くどいようだが、油性マジックによる一枚一枚手描きである。したがって同じ図柄は存在しない。欲しい人は俺にメールしてくだされ。

広島デビュー戦 (2005.06.09)

昼過ぎに大介君を連れ徒歩10分の俺の実家「喫茶こばやし」へ。2階の8帖和室が空いているので、本日より彼にはここで寝起きしてもらうことにする。これで彼ものびのび休め、創作にも没頭出来るだろう。しかも朝食は喫茶こばやし特製モーニングサービスを無料提供であるぞ〜。
親父、オフクロ、甥っこ直樹に大介君を紹介し、午前中に描きあげた数枚のTシャツを見せたら、みんなたまげる。「掛け軸とかにしたらもっと高う売れるんじゃないでしょうか?」とオフクロが言えば、「ぼくは明日が誕生日じゃけぇ、大介君タダで描いてや」と厚かましいオーダー(笑)。さすが俺の家族だ。

一息いれたあと、オフクロより提供されたボロ自転車に乗って、大介君、いよいよ広島での露店商デビューを飾るべく市中心部へ出撃。成功を祈る!

東京へ向かう直前のニャンコ先生=ナカハラヒサロオ氏からデンワ。先日彼のニューアルバム紹介チラシに、頼まれて指示通りの文字数で推薦文を書いたのだが、レイアウトの都合上か知らないがデザイナー氏が勝手に文字数を3分の一に削っていたらしく、そのことへの謝罪であった。俺もデンワを切ったあとで確認してみたが、なるほど、刷り上がったチラシに掲載されていたそれは、テーマの肝心な「序」がごっそり抜けてるわ、文章の末尾2カ所に憶えのない「!!」マークが付けられているわと、まるでアホが書いたようなツギハギで説得力のない低級文に仕上がっているではないか。執筆をなりわいとする俺には、これはかなり手痛い改ざんである。なにより元々の原稿をすごく喜んでくれたナカハラさんに申し訳ないっす。

夕方、ハンズで甥っこ直樹の誕生日プレゼントを買ったついでにダイエー前で大介君と落ち合う。緒戦は散々だったようでかなり悄気ている。本通り西詰めのボーダフォンあたりで店開きしたらとたんにそのビルのオッサンが降りて来て、「ワシラは税金払っとる」「このクズが」などと罵声を浴びせたらしい。俺はこのテのあか抜けないタンカを切る輩が昔から大嫌いだ。税金ウンヌンにしても、笑えることにこういう言い方するヤツに限ってたいした額を払っていないものだ。せめて「億」ぐらいのカネを納めてからイバってくれこの小市民が!(笑)。それからもうひとつ、大介君は「クズ」じゃなく、「ツノ」じゃ。時代のドテっ腹に風穴を穿つ「犀の角」じゃ。おぼえとけ。くそ〜、おもろいことになってきたのう。さぁ、どんどんいってみよ〜。っつーことで今度は八丁堀の某ヤマハでバイオリンを教えているオタマからデンワで呼び出され、生徒さんへTシャツを見せに行くと、一枚お買い上げ。捨てる神りゃナントカでこの街だけでも100万人以上いるのだからどうにかなるさ、あーこりゃこりゃ!
おっと、彼の旅の記録は香川大介専用ブログ「犀の角」に好評連載中!
http://selfrepulsion.ameblo.jp/

*写真:真黒大介君にすっかりなついてしまった色白のクー(もうすぐ一才だからハンドルネームもコタマから「クー」にチェンジ)。実家にいる直樹もひっつきまくることだろう(笑)。

子供の未来 (2005.06.08)

露天ショップスペースのリサーチをしたいという大介君に、ポイントを書き込んだ地図を渡し、オタマのチャリも貸す。「気持ちイイ〜」とニコヤカにペダルを漕いで中心部へ向かう彼を見送り、俺は通常執筆作業再開。その間、昨夜の放送を聞いた友人や親戚、お好み焼き屋のオバチャンから「香川ナントカ君のイラストTシャツはどうすりゃ買える?」との問い合わせ電話があった。なかなかいいリアクションではないか。大介君よ大量オーダーだ、急げ。

夕方、サティへマルチペーパーを買いにいったついでに本屋へ寄ったところ、男性ファッション雑誌コーナーの台の上に、中学生ぐらいのガキ3名が売り物である本の上に堂々と腰を下ろして、立ち、いや、座り読み。俺の目指す本は真ん中のガキのケツの下あたりか?俺がそやつの真ん前に立っても一向に気にとめる様子も無いので、「おい」と声をかけてガキの腰を腕でぐいと横に押しやる。と、急に気色ばむガキ3人。「なんじゃいコラぁ」俺がすごむとそわそわと目をそらしやがったけど、もし、ヤツらがどついてきたりすれば、俺は遠慮なくブチのめす気分になっていた。ヤバイぞ〜。最近のガキどもは自分に非があったとしても、すぐ殴られました、怪我しましたと大袈裟に騒ぎ立て、慰謝料だのなんだのとメンド臭いことになるケースが多く始末におえん。
20数年も前だったか、スタジオDUCKでちょっとしたハプニングがあった。リハーサルスタジオでパンクバンドの高校生達が、マイクを叩き付けたりドラムに蹴りを食らわせたりしているのをたまたま発見した当時のオーナー、故 カモさんは「オマエらなにしよるんじゃぁ!ここに一列に並んで正座せぇ!」とどやしつけ、ウチワのようなデカイ手で一発ずつ渾身のビンタを食らわせた。高校生も「殴られて当然」の面持ちで深く反省している様子。彼らの頬にはそれは見事な手形=ゴールドモミジが張り付いていたが、もちろん傷害事件なんぞでカモさんが訴えられることもなかった。俺らが小さい頃、いろんなところにこういう「コワイおじさん」がいて、社会のルールをビンタやゲンコツで教えてくれたものだ。
というわけで俺は体罰を否定しない。むしろ、絶対に必要な場合がある、と考える。親や先生に叱られも殴られもせず、していいこと悪いことの区別もわからず、わがまま放題で育った哀れな子供がどんなオトナになるのだろうか。今日の本屋だって周りのオトナたちは見て見ぬふりであった。実際、俺はどうするのがベストだったのか?誰か知ってたら教えてくれ。最近の俺、子供達の未来を考えずにはいられない。

*写真:ハイピッチで成長するコタマこと紅葉(くれは)。俺の周りは時流に反して出産ラッシュだが、子供達の未来が、希望に満ちた世界でありますように。

半年ぶりの再会 (2005.06.07)

午前中、某大企業ミーティングルームにて、企業PV試写会。クライアント側は、予想通り部長クラスが集結。俺やKデザイナーにとっても企業PV製作、それも約20分に及ぶ大作は初仕事だったもんで、試写の間、緊張感で汗ビッショリ、「ガマの油」状態と化す。結局、小さな部分修正はあったけど、クライアント、代理店にもかなり好評。やれやれ。

3時過ぎ、「ううっ、今、平和公園前です〜!」と香川大介君からデンワ。声の様子からして、かなりヘバっているようであったが、それからさらに平和大通りを東進すること30分、遂にわが宅へタッチダウン。昨年11月渋谷で催されたAKIRAさん出版記念パーティー以来の再会を果たす。

一時間後、シャワーとビールで生き返った大介君を連れてPステ入り。サンプルとして持っていった大介君手描きオリジナルTシャツ2枚、Pステスタッフのハマチャンとニュース担当アナのH女史に見せたなら「うわぁ、これイイじゃん!」と感激して即お買い上げ。「やった。これで次の作品素材とペンがやっと買えます」と大介君。なにせ彼、広島到着の際、所持金がたった106円(笑)。作品を売りながらの無銭徒歩旅行、ハンパな気分でやれるもんじゃないのだ。恍惚と不安、それに空腹、3つ我ありってか。ホンマにたいしたヤツだ。

本番では、最初っから大介君にスタジオに入ってもらい、選曲も「旅人に追い風ミュージック」と題して、徒歩旅行のBGMになりそうな曲で構成するなど、大介色を強調。ゲストは他に、数年前に15才でデビューした沖縄出身の天才ギタリスト樹音(じゅおん)君と広島ホームTVのバズーカ松本。後半、スペシャルゲストとしていよいよ大介君登場。
「そもそも、なにがきっかけで徒歩による日本縦断を思い立ったの?」
「ええと、、、なんでかな、、、、よくわかりません」
「北海道にはいつ頃到着しそう?」
「、、、さて、いつ頃になるんだろう、、、」
万事こんな調子で、大介君らしさがよく伝わったのではないかと思う(笑)。明確な受け答えなど、あまり重要では無い。自分の脚でニッポンを踏み締めるというもっとも原始的な旅の手段と、その過程で生み出される高純度なオリジナル作品こそが彼の揺るぎない存在証明だ。
放送終了後、二人で明日から露天を開けそうな市内中心部をリサーチして回る。Tシャツ2枚分の売り上げで素材も購入。彼をダイエーに案内して俺も知ったのだが、300円のTシャツが本当にあったのだネ(笑)。

タクシーで家に帰り、ささやかながら大介君の歓迎会。PCで日光猿軍団影の総裁AKIRAさんのブログを見ていた大介君、
「春駒さん見てください、またAKIRAさん、俺らの個人メールや日記を勝手に転載してますよぉっ。こんなこと許せませんよね!なにか制裁をくわえましょう」
「ううむ、ホンマにけしからんよのう。よっしゃ、どうすりゃあ彼をヘコますことができるか、考えようで」
「、、、、、、、」
「、、、、、、、」
「、、、、、、、」
結局、何も思い浮かばなかった(笑)。世界でもっとも開かれた男、AKIRAさんをヘコませるものなど世の中にひとつもありましぇん。彼にうっかり出会ってしまった俺らの不運を嘆くしかない。っつーことで、しょうがない、どんどん載せてねAKIRAさん(笑)。

*写真:ひろしまPステーション・スタジオ1にて、右からホームTVの名物美女バズーカ松本、やや緊張気味の大介君、へっぽこアシスタントのイコマ。まるでセサミストリートのような布陣である。

順調に接近中、、、、 (2005.06.06)

昼過ぎ、日本徒歩縦断中の放浪画家、香川大介君とデンワがつながった。宮島前を通過し、廿日市方面へ北上中とのこと。そこから宮内にあるシーカヤックの相棒、久保直樹宅まで数キロ。なもんで、久保に連絡すると、大介君と面識無いにも関わらず「今夜はウチに泊まってもらってもかまわんで」と言ってくれる。ここらへんのノリは旅のエキスパートならではのものであろう。俺らも旅先で、見知らぬ人から有形無形、いろいろな恩義をいただいてきた。今夜大介君は久保宅で一泊し、明日は俺んちで荷を解けばいい。メチャ狭いけど(笑)。
そうそう、明日の放送では急遽、香川君をスタジオに招いてこれまでの旅のエピソードを聞いてみたい。

今週土曜日、白寿を迎える俺の父方のばあちゃんのため、親族が集って祝賀の宴を催す事と相成った。親父様の強いリクエストでオタマもバイオリンで一曲披露するハメに(笑)。しかし、ばあちゃん、体はかなり弱っているとはいえ、頭脳はすこぶる明晰で、俺や親父より記憶力がイイ。明治女の凛とした佇まいも天晴れなり。

人生に無駄は、、ニャンコ先生ライブ、、いよいよ広島上陸、、 (2005.06.05)

昼より牛田のK邸にて、某企業プロモーションビデオの最終チェック。「おいおい誰が作ったんや?」というぐらい予想外に素ン晴らすぃ〜出来映え。サロンシネマで映写技師を3年、ミュージカルの出演2回(うち1回は主役)、アナウンススクール行ったり、デザイン事務所で働いたり、WEBTVで自作自演したり、そんな山あり恥じありの経験が、約10分のオリジナル映像の構成・演出に昇華した。こうして振り返ると、世の中に無駄なことなど何一つ無いと思えてくる。

一昨日からオタマがコタマを連れて吉浦の実家に帰っていたのだが、たった二日間セガレの顔を見ていないだけで「禁断症状」が出る。というわけで戻って来たら頬擦りしまくり(笑)。とめてくれるなオッカサン。

夜は、ナミキジャンクションでのニャンコ先生ことナカハラヒサロオ氏のライブへ、っつーか、最近アルツ気味の俺、会場を間違えてネオポリスホールへ行ってしまった!入口のネーチャンに「あの、これナミキジャンクションのチケットですけど」といわれて、テレ笑いを浮かべつつザリガニのごとく後ずさり。大慌てで胡町のナミキジャンクションへ向け必死にチャリを漕ぐ。幸いギリギリ、オープニングに間に合う。ナカハラさん、敬意を込めて言わせてもらおう、アナタは「決してヘコたれない、ヘタレである」と。未だかつてこんな不器用で愛すべきロケン屋を俺は見た事が無い。ライブ中盤のMCで「宴もたけなわ」というところを「宴もたけわな」とニャンコ先生が言い間違えたあたりで俺の脳ミソはバースト(笑)。ワンアンド・オンリーこそクリエイターの誉れである。技術に長けているだけじゃ、俺は楽しめない。ナカハラさん、とてもヨカッタど。

家に帰って、PCをいじっていると、沖縄から北海道まで、日本を徒歩&野宿で縦断中の画家兼デザイナー、香川大介君がいよいよ大竹市に上陸したことを彼のブログで知る。彼をこのようなエクスペディションにそそのかしたのは、日光在住の作家である盟友、AKIRAさんだ。公園等で非合法にテント宿泊をしながらの北上であるが、明後日あたりには広島市内に入るであろう。その際、俺は衣食住、出来うる限り彼をサポートするつもり。彼は自分の絵を売ることで、旅費食費に当てている。彼のデザインはフランスのメジャー・スノーボードメーカーでも高い評価を得ていると聞いた。今考えているのは、俺の世界最大7.4メートルのシーカヤック「グレートジャーニー」号のバウ(船首部分)に彼の手でイラストを描いてもらうというプラン(もちろんギャラは払う)。Tシャツも描いてもらおうかな。興味のある人は連絡をくれたまえ。

男の道具 (2005.06.04)

一週間後に迫った、甥っこ直樹10才の誕生日プレゼントにと、スイスアーミーナイフ(フォールディングタイプのスイス製ツールナイフ)を市内のアウトドアショップ数件で物色。子供にナイフじゃと?物騒な!と顔をしかめる人もあろうが、ナイフは男の冒険心と創造力をもたらしてくれる重要な道具と信じている。とくに、ナイフだけでなく、ハサミや栓抜き、ドライバー、ノコギリなども組み込まれたマルチパーポスのスイスアーミーナイフは、ナイフの正しい使い方と可能性を探るには最適。俺も10才頃から小刀や彫刻刀で木片を削り、精巧なヨットや宇宙船を作ってオトナを驚かせていたものだ。もちろん、手を滑らせて自分の指を突き刺したり切ったりしたことも一度や二度では無い。その血を見た時の恐怖感や痛みが、決して他人に刃を向けない自制心を養ってくれる。これはPCのキーボードタッチでは絶対に得られない感覚だ。直樹には基本操作から、手入れ法まで俺がきっちり教えてやるつもり。「アブナイから」と持たせない甘っちょろい親の方が、実は人の痛みがわからんアブナイ子を育てているように思えてならない。

夕方、道場へ。数年前に転倒して亀裂骨折した右足の甲が痛むが、サッカー・フェイエノールトの小野同様、同じ場所を今度は疲労骨折したのか?今のところ稽古にはほとんど支障なし。
稽古後半は、小学生を指導。教える側に回ると、自分の頭の中の術理が整理されるという付加価値が付いてくる。

*写真:俺が愛用しているヴィクトリノックス(赤)とウェンガー・ソルジャー(シルバー)。この2社をひっくるめて通称スイスアーミーナイフと呼ぶ。ウェンガーはブレードを固定するスプリングが強いので刃の出し入れに力が必要。よって子供には不向き。

無関心こそ、、ドラムマシン、、ムシムシ大戦争、、 (2005.06.03)

全国で騒ぎになっているガードレールの金属片、広島県内でも469カ所(午後3時現在)で発見されたらしいが、俺もどこかで見た気がすんのよ。なんでこんなアブナイものが?と訝りながら、それっきり、すっかり忘れていた。変だと思ったら、やはりしかるべき管轄部署へ迅速に通報するべきなのだ。たとえそれが全国規模でなく、たった一カ所だけだったとしても。今回の事件、人為的なものであるとしたら「無関心」に付け込んだ悪意である。まぁ俺は、クルマが接触した際、ボディの鋼板がめくれてくっついたという説を支持したい。

K楽器店に注文していたドラムマシンが入ったとの連絡があり、受け取りに行く。家に持ち帰って早速いじくり回すが、なにしろ、パターン(あらかじめ打ち込んである)だけで約400種類ある。20年前に持っていたやつが、この3倍くらいの大きさで60パターンぐらいだったことを思えば、随分進化したものだ。

夕方、例によって喫茶こばやしスタジオにて歌&ギター練習と心体育道のダブルヘッダー。前半、カウンターに座ってギター弾きつつ大声を張り上げている時であった。突如、今年初お目見えのドでかいゴキブリが(喫茶こばやしは、それはそれは清潔な喫茶店で、保険所からも「最優良店鋪」として過去3度も表彰されたことがあるほど。ゴキブリが出るなんてめったに無いことであるが)厨房方面からカサコソお出まし。さすがに俺もブッたまげ不覚にも「うぎゃあっ!」と叫んでステップバック。ゴキブリ氏、カウンターテーブルの上に置いていたギターケースの下に潜りこんだのでオフクロにフマキラーを所望し、四方からシューシュー攻撃。たまらず這い出てきた彼、勢い余ってカウンターからポトリと落ちた所へすかさず心体育道仕込みのストッピングキックをキメて昇天。
やれやれ。大量に噴霧したフマキラーのニオイが気になるので店の入り口を開けて歌い始めて30分後、耳のあたりで「プィイイイイイ〜ン」と嫌〜な音。見ると2、3匹の蚊が俺をぐるぐる包囲しているではないか。開けっ放しの入り口から侵入しやがったのだ。おおっ、ちゃっかり腕にとまってるヤツもおる。かいかいかい〜〜〜〜〜っ!再びオフクロに「今度はベープをくれぇ」と泣きつく。オフクロいわく「アンタは一体全体、さっきから何と闘いよるんね」、、、、たしかに。

今夜のサッカー、最後まで見る元気ないと思うが、2-0あたりで日本が勝つ気がする。根拠はない。野生のカンだ。

桃栗3年、モリンガ1年 (2005.06.02)

午前中WEBデザイナーK君と、廿日市山奥の某ハンドメイドログハウスメーカー兼健康食品メーカーのオフィスへ。前にも書いたと思うが、こちらは最近「モリンガ」という北インド原産の植物を加工した健康食品を開発し一躍脚光を浴びつつある。俺らはそのオフシャルHPを正式に依頼されたというわけ。
モリンガに関しては、俺の友人や親戚にお試しサンプルを配ってみたが、効果は一様では無い。大半がなにがしかの体質好転反応を実感したが、なかには明らかに「合わなかった」という声もある。健康食品のみならず、食物はすべて陰と陽に分かれている。さらに漢方医学では食材を「温」「涼」「燥」「潤」、それを摂取する人間の体質を「寒」「熱」「涼」「燥」と、それぞれ4つに大別出来るとしている。「寒」タイプや「湿」タイプの人が涼性食品である玄米を食べると、食欲不信、下痢、冷え性、むくみなどの症状を引き起こす可能性が高い。つまり玄米でさえ万人向きではないのだ。「にんにく」「酢」なども同様。が、しかし、俺はそれほど神経質になることはないと思う。地で取れた新鮮なものを旬で食う。基本はやはりこれだろう。ハンターやってた頃、野生動物から教わった究極の養生法。

おっと、打ち合わせ終了後に、極めて希少なモリンガの種子を社長からいただいた。おそろしく生命力に溢れている植物なもんで6月に植えれば秋には4メートル、数年もすれば13メートルぐらいのリッパ過ぎる木に成長するはず(笑)。いや、心配無用。発芽したあと適切に処置すれば、丈は伸びずに葉をしっかり茂らせてくれるから、これを摘み取って食用にすればいい。香りのよい花は精力剤にも使える。また、樹皮からはケナフなんかよりずっと上質な繊維がとれるし、種の粉末は水質浄化&殺菌にも使えるので、たとえば小学校の実習で植えても面白いだろう。フィリピンあたりでは民家に一本、モリンガが植えてあり、現地語で「母親の親戚」と呼ばれているのだとか。試したい人は連絡を。社長から教えてもらった育て方を伝授します。

*写真:2年もののモリンガの木。うまく剪定すれば高さ1メートルほどに抑えられる。

ガス欠寸前 (2005.06.01)

レギュラーの執筆業務、新規事業の打ち合わせ、映像編集チェック、明日のプレゼンの準備など、複数の案件を同時多発でこなす。来週にゃちったぁ落ち着けるのか?ああ、今一番したいのはシーカヤック。海が呼んでおりまする〜。
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