Far East Lounge 三代目春駒小林一彦オフィシャル 小林一彦イラスト

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2006年10月の日記

先手先手でごきげんよう (2006.10.31)

熱心な当日報読者から「ほかに書くことはないんかい!」とお叱りを受けそうだが、本日も例に違わず黙々と執筆業務。このマメな性分のおかげで先日のMacクラッシュの際も被害を最低限に押さえることが出来たのだ。通常のライターなら、インタビューしたその日に取材原稿を脱肛、いや、脱稿することはまずない。しかし俺は、せっかく聴いた面白い話をとっとと文章にしたくてしょうがないのだ。で、結局、翌日にはプロダクションにフル原稿を送ってしまっている。「先手先手でごきげんよう」の心意気。溜めずに出そう、便と文(キタネェ!)

お、そうそう、11月3日、千田町の広大跡地で開催される「千田わっしょい祭」にFar East Loungeで出演することになった。もちろん入場無料。ただし、ちゅーぴー梶山は東京遠征で不在のため、今回はツン氏と俺の縮小版。本日作ったばかりの新曲「祭りばやし」やるかも。時間は明日にでも追って知らせます。
人間力、、、ビーサン日和、、、 (2006.10.30)

MacBookクラッシュから一夜明け、旧PCのPowerBookG4でお仕事開始。昨日はさすがに落ち込んだが、徐々になんとも形容しがたいスッキリ感に包まれる(笑)。これでリセット。最初からやり直せるじゃん。それにPCなんぞにすっかり依存し過ぎちゃって、やっぱいかんよ人間は。メールがダメなら伝書鳩がある。狼煙でもいいし、春駒飛脚だってあるじゃないか。

約2カ月に及んだ当マンション外壁補修工事、本日は足場がすべて撤去され、秋の明るい日射しがコニャニャチワ。これで俺も光合成できる。それにしてもあさってから11月というのが信じられん陽気。俺も半そでにビーサンじゃし。来月はシーカヤックキャンプいくど。1000mオーバーの山にも登るど。

吠えます、吠えます(ジローさん風に) (2006.10.29)

朝方の夢。本通りらしき商店街を家族で歩いていると、ちょっと、と呼び止める青年あり。
「あのう、失礼ですけどガル駒さんですよね?」
「ガル駒ぁ?」
なかなか迫力のアル名前じゃん。改名しよっかね。
その後、一緒に歩いていたクーにいきなりクリームを擦り付けようとした化粧品の女性デモンストレーターに「なにするんな!」と一喝してやったら、実際にも大声を出しており、俺もオタマも驚いて目を覚ます(笑)。

昼過ぎ、MacBookをデオデオに修理に出す。
「最低でも3週間かかると思われます」
と担当者。
「バカ言いなさんな。それまで使ってたG4が壊れそうだからと買い換えを勧めたのはアンタらでしょうが。そいで新しく買ったコイツが1カ月ちょいでハードディスクが壊れるなんて誰が納得するんですか?修理に3週間もかけてエエわけないでしょ。状況を察して修理を急ぎなさいね」
「、、、、はい。善処します」
当然だ。ガキの使いじゃないんだぜ。後付けハードディスクを先月買い渋ったのは俺の最大のミスだが(ぼちぼち買うつもりだった)、新品ハードディスクがイカレるなんて勘弁ならん。経済的損失を考えると損害賠償起こしたいくらい。
再びMacクラッシュにつき (2006.10.28)

買って一カ月ちょいしか経っていないMacBookがクラッシュ。不調だったPowerBookG4から移し替えたものも含む全データがすべて消えた。当然、この一カ月怒濤の勢いで書いた原稿もすべてパー。デオデオ担当者の話では「ほとんどありえない」状況とか。ありえないけど、実際いまこうして起こってるだろが。猛烈にハラがたっているが、それでも、PCだけのことだ。なんとか気を取り直し、今できる最善のことを試みたい。っつーことで当日報、及びミクシィの読者の皆さん、しばらく書く時間がとれないかもしれんので無期中断します。こうしてる間にもG4だっていつ終わるがわからんもんで。
学校なんてヤメてもええんで、と言ってみる (2006.10.27)

科目の必修漏れが全国の高校で見つかってる。学ぶことの楽しさや尊さより、他人を蹴落としのし上がることを優先する受験システムがもたらした宿痾の一端が露見しただけのこと。学校がどうのではなく、子供に夢を与えられない、語れない親の責任が大きいと俺は考える。だいたいな、年端も行かない子供を寝る暇も惜しんで塾通いさせるさせるなんて、これもまた児童虐待のような気がするぜ。無味乾燥な学校&塾生活で鬱屈した子供たちのストレスは「弱いもの」に向けられる。付け焼き刃的に情操教育モドキを施したところで、イジメがなくなるわけがないよ。
俺はセガレに「とにかく好きなことをせい」と言ってやるつもり。地球を遊び倒せ。そのために生まれて来たんど。イマジネーションの欠落した世間のつまらぬ習慣に付き合う必要まったくナシ。夢に生きろ。新庄のように。
ソロライブ (2006.10.26)

夜、スタジオDUCKにて、恒例の三代目春駒ソロライブ。複数の外タレのライブとダブり、入りが心配されたが、けっこう来ていただけました。ありがとうござんす。

セットリスト
1stステージ
「Dreamin'」>「カプチーノ、もう一杯/ウクレレ・カリビアン・バージョン」>「雨のラブホテル」>「つかのまの天気雨」>「星の少年(旧題:星のパイロット)」>「もう行くよ(新曲)」>「春は流れて」>「もう一晩おまえと」

2ndステージ
「UMIKAJI」>「テビチ記念日」>「アカバナー」>「星の波間に」>「アーリー・モーニング・ソング(新曲)」>「その男ヨシオ」>「ゴク楽クッキング(川上さんサンキュー・バージョン)」>「ファイティングソウルメドレー:ラップニシキータクシー〜アンチェインブルース」>「メタル蛸(夫婦蛸のメタルバージョン・カラオケ)」>「トラベリンマン」

アンコール:「ひかりのうた」

今回もうまくいったこと、いかなかったこといろいろあるが、新曲は歌い切れた感がある。古い曲も歌詞を新調したり、アレンジを変えるなど、やってて楽しかった。また、カラオケ「メタル蛸」では必殺のエアギターまで披露。切腹するごとく身をよじって笑い苦しむ人多数(笑)。月2、3回のライブじゃもの足りん。週2回はどっかで歌わせてもらおうかな。
44才 (2006.10.25)

はぁ、ついに44才か。お祝いメッセージくれたみなさん、ありがとちゃん。

この一週間で俺は一体何万字の原稿を執筆したのだろうか。おそらく、売れっ子作家といい勝負と勝手に想像する。今、日付はとうに変わり26日の午前2字、いや2時。この二日間で敢行した取材分を今しがた仕上げたところ。
カラダはノーというが、俺はイエ〜〜〜〜〜ス!と無言の雄叫びをあげ、目を充血させてキーを叩きまくったわけだ。どうってことないぜ。あと3日ぐらい、眠らなくても大ジョーブ。っつーか大jobってか。がははー、もうヤバイかも。
聞く耳を持つ (2006.10.24)

自分が企画構成した例の季刊誌の件で、午後からAカメラマンと市内を取材行脚。
二つ目に訪れたのは元 丹那漁業組合長のKさん宅。全国シーフード料理コンクールで平成13年、14年と2年連続優勝賞に輝いたスゴ腕の彼に、得意の牡蠣料理を作ってもらい、広島牡蠣の歴史と魅力を語っていただこうという趣向。話をうかがってはじめて知ったのだが、料理を始めたのは十数年前と意外に最近。奥さんが体調を崩されたのを機にキッチンに立つようになったのだとか。
「いや、これがけっこう面白かったんですわ。スーパーなんか行ってもね、ああ、こりゃあそこの店の方が安いわいとか」
「ある料理研究家にワシが調達した魚を持って行った時なんか、その方が料理するのを横でじっと研究するんですよ。それを覚えて帰って、さらに自分で研究するんです」
また、料理だけではなく昔から凝り性のようで、56才で一念発起して英会話スクールへ通い始める。三年後には腕試しを兼ねてアメリカを2カ月独り旅したというから恐れ入る。
さらに、どういう経緯か聞き忘れたが、かなり前から<アメリカの父>と呼ばれるフォークの神様、ピート・シーガーとも家族ぐるみの付き合いがあり、一時期、ピートの息子がK氏宅二階に居候していたこともあるんだそうな(笑)。
ラジオのパーソナリティもそうだが、インタビュアーはいろんなゲストの話が聞けるのがいい。
思えば20代の俺は、ほとんど聞く耳を持たなかった。なんであんなに頑だったかのか。なにを怖がっていたのか。そいつを手放せば、こんなに世界は心を開いてくれるというのに。
助けられずにすまん (2006.10.23)

理不尽な暴力は嫌いだ。だが、時には「力ずく」「腕ずく」で解決せねば場合もあるように思う。先日、京都に住む3才の男の子が父親とその愛人によって虐待を受けた末、餓死させられた。「おなかがすいた」「水がほしい」と助けを求めるその子の声を耳にした近隣住民が警察や児童相談所に再三通報したにもかかわらず、適切な処置がとられることはなくこのような馬鹿げた結果を招くに至った。近所の住民、警察、児童相談所、ホンマに使えんヤツラだと思う。俺だってどうするのがベストだったかなんてわかりゃせんよ。わからんけど、「権限がないから」などと見殺しにはしないよ。ドアをぶち破り、とりあえず出来損ないの親モドキを殴り飛ばし、彼を救出したと思う。このやり切れなさはなんなんだ。
競輪選手、奥田稔彦 (2006.10.22)

夕方、広島テレビのドキュメンタリー番組「3DAYS」で、庄原在住の競輪選手、奥田稔彦さん(48才)が特集された。彼は親父の友人(っつーか10年ちょい前までは同僚)で、俺が庄原のライブハウス「すけあくろう」に出演するときは応援に来てくれる。競輪選手にケガは付き物だが、かなり前、レース中の転倒で大重傷を負い、一時は医者から再起不能と宣告されたこともある(その時の手術の後遺症で今も左右の足の長さが3センチ違う。そのためカカトの高さを調整したクツをはいている)。必死のリバビリと猛練習で見事復帰し、再び最高位のS1へ返り咲こうと全国各地で熱戦を展開中。かつてS1で<中野浩一キラー>として怖れられた奥田さんだ、きっとやれると俺は信じている。
俺は10代後半、親を除く親族や友人から「運動神経いいんだから親父さんのあとを継いで競輪選手になれば」とよく言われた。しかしね、世界広しと言えど、ここまで肉体的&精神的に過酷な職業はないよ。絶対マネできないって。俺は根性ないし煩悩が多過ぎて親父ほどストイックに生きられない。でも、せめて親父が現役を続けた58才までは、なにがあっても「年のせい」にするつもりはない。そんなのただの怠慢じゃけぇのう。
単独取材、、、夜明け前のビーチにて、、、 (2006.10.21)

夕方よりYAMAHA紙屋町センターにて某季刊誌用の取材&撮影。4時からスタートし終了は8時。スタッフの皆さん、非常に協力的で助かった。この仕事、今日で取材の約半分が終了。来週前半に残り4カ所を取材すれば予定通り今月脱稿出来そうだ。っつーか、あと4カ所もあるんスか。わずか8ページとはえ、全原稿をひとりでそれも2週間で書きあげようなんて結構無謀。だからこそ、スリルあっておもろいわけよ。

新曲が降りて来る。タイトルは「アーリー・モーニング・ソング」。シーカヤックでキャンプに出かけた時、なぜか夜明け前に目が覚める。世界中で自分一人しかいないような深い闇と透き通った静寂の中、ただでさえ空っぽなアタマにとりとめもなくイマジネーションが去来する。不思議なことにネガティヴなものはひとつもなく、俺は深い愛に満たされる。いや、マジで。そんなシーンを曲にした。来週木曜のソロライブでやるつもり。
マスからセグメントへ、ますますオンデマンドへ (2006.10.20)

本日(20日付け)の某新聞に、新聞社主催の広告賞受賞作品が掲載されていた。受賞6作品のうち、4つに前プロダクションの同僚たちの名が連ねられているのは、俺としても実に誇らしい気分。やっとるのうみんな!

しかし、と思う。今回の受賞作には言及せんけど、広告業界全般の表現に関する現状を俯瞰すると、暗澹たる気持ちにさせられてしまう。確かにデザインのグレードも高いし、コピーも洗練されている。でも、それだけなのだ。精製され尽くした水に栄養がないのと同じで、あってもなくてもどうということのない無味乾燥なものがやけに目立つ。プロダクションと、代理店と、クライアントの三者間だけで完結しているというか、広告業界のための広告に成り下がっているように思えてならん。伝えるべき対象にどれだけメッセージが伝わっているかはなはだ疑問なり。っつーか、全然顔が見えていないのだろう。8月に某起業家のセミナーで俺が2時間近くスピーチした内容もそこらへんの危機感を慮ってのこと。いや、新聞掲載広告だけじゃないのだ。マス広告、テレビ・ラジオCMにも同じことが言える。一刻も早く、慣れ親しんだマーケティングのフレームワークを再検討せにゃならんのではなかろうか。ipodの影響力を軽く見ていたであろう米国タワーレコードがツブれたように、消費者の進化に追いつかなければ広告業の地盤沈下もいきなりやって来るで。

ついでにその視点で音楽業界を見ると、さらに過激な変革が起こりつつある。某大手レコード会社がやってるような消費者を十把一絡げにとらえて打ち出す戦略は、完全に破綻するだろう。ニーズはさらに細分化し、ついでにコドモばかりを相手にしたマーケットも衰退し、これからはオンデマンドっぽく、無名でも気の利いた顔のはっきり見えるミュージシャンが食えるようになるんじゃなかろうか。そんなとき肝心なのは俺も含め無名のミュージシャンがどれだけ「伝えたい」気持ちがあるかだ。「わかってくれるやつだけでいい」というようななげやりな性根じゃハナシにならん。ああ、俺も反省しきり。
ワイルドスピード3 (2006.10.19)

終日、怒濤の執筆バトルロワイヤル。某マンションのラジオCM原稿から始まり、CD、本、果汁ドリンク、業務用アプリケーションうんぬんかんぬんレレレのレ。こういう時、フリーランスになってよかったと思う。気分転換に所構わず腕立て伏せやスクワットしたり、ギター弾いたり、チャリで1分のサティへ映画見に行ったりもできるからな。

というわけで、久しぶりにレイトショーで「ワイルドスピード3/TOKYO DRIFT」を見る。東京を舞台に飛ばし屋のアメリカ少年がストリートレースを展開するという、なんだか不思議な設定だが、描かれているニッポンが実に興味深い。自動販売機、ゲームセンター、雀荘、パチンコ屋、人ごみ、銭湯エトセトラ。なるほど、外国人にはこう映るのか、と納得。レーシングドライバーの土屋圭一もテクニカルアドバイザー兼チョイ役(釣り人)で出演。おっと、KONISHIKIや千葉真一もちらほら。アメリカではこの映画見て、三菱ランサーエボリューションなどの日本車が人気になっているらしい。実際、レースシーンは凄まじいのひとこと。スタントで峠を走った土屋氏は、「CGにも合成にもマネできないものを」を意気込んだそう。けっこう日本てすごいかも。
6年ぶり (2006.10.18)

30代の後半、仕事帰りによく利用していた小さな飲み屋が、流川にあった。名前は「Jammin' bar」。マスターは坊主頭&ひげヅラの、でも、どことなくあどけなさが残る好青年、Nクン。別にどうというわけじゃないけど、彼の人懐っこい笑顔と客に対する細やかな心遣いが気に入って、ほぼ毎夜、なんとな〜く吸い込まれてしまうのだ(笑)。
一年後、店が手狭になったので(カウンターしかなかった)、数ブロック離れた薬研掘の某ビル内へ移転。広さも2倍となり、席に座れなくて客が帰らにゃならんという状況は改善されたが、俺の仕事も忙しくなり、必然的に足が遠のく。ある日のこと、珍しく仕事が早く片付いたので、久しぶりに店へ顔出すと、
「あ、小林さん、ボク、イギリスへ行くことにします!」
と彼。
「そりゃまた急な話じゃね。イギリス行ってどうするん?」
「ボクぁ、イギリスでパブをやってみたかったんですよ」
「おお、素晴らしい! 行ったら出来るだけ日本にゃ戻ってきんさんな。俺がイギリス行った時、泊まれるところがあるほうがエエし」
「あはははははは!」
「がはははははは!」

そんなわけでその後すぐイギリスへ旅だった彼。しばらくして一度、絵はがきが届き、元気でやってることを知るが、それからずっと音信不通。
で、本日。彼から突然メールが届いてビックリ。あんまり嬉しいので許可なく勝手にメールを一部抜粋する(笑)。

私の方は、三年前よりイギリスの田舎町に日本食レストランを経営しています。名前は「もみじ」と言います。なにか広島にちなんだ名前にしたくて付けました。
レストランは浮き沈みばかりですが、なんとかやっています。
ジャミンバーの頃から知っている友達も日本人イギリス人アメリカ人で丁度10人レストランに来てくれました。
世界は狭いですね。

イギリスに来て、6年になりますが、最初の3年はロンドンで生活しロンドンの日本食レストランで働きました。その後、当時からのガールフレンド、小林さんのラジオに一緒に出させて頂きましたシャーロットと結婚しまして、シャーロットの実家の近くの小さな町に物件を見つけ、そこにレストランをオープンしました。

今は1歳2ヶ月になる長男と家族三人で生活しています。

しかし、時々とても広島が恋しく思います。

離れてみてよくわかりましたが、広島は人々がエネルギーに満ちたすばらしいところです。

これからも広島の街を盛り上げてください。
小林さんのご活躍をお祈りしています。

、、、、、、、、どう? 相変わらず素敵なやっちゃ。世の中、ちょっと見方を変えるだけで、あらゆる選択肢が広がるはずだ。要は、自分で決心し、行動を移すだけでいい。あれがこれがと、気に入らんことを並べ立てても一歩も足を踏み出せんで。絵を描きながら徒歩で日本縦断した香川大介クンしかり、しなやかな感性と好奇心を持てば、世界はたいてい微笑んでくれる。Nクン、そのうち遊びに行くけぇの。もみじ饅頭持って(笑)。
天才ハーピスト? (2006.10.17)

終日、執筆と打ち合わせの波状攻撃。

夜、喫茶こばやしスタジオにて来週のギター一本ソロライブの一回目のリハ。これまでステージで一度しかやったことのない曲や、作ったはいいが、歌詞の軟弱さが気に入らずお蔵入りしたままのものを数日前からリメイクして新しい命を吹き込んだ。結構イケるかも。どはははは!と大笑い出来るやつも用意したが、これを歌う本人がリハでさえおかしくて笑いが止まらない図って、どうよ。つくづく珍しい男だぜ。
珍しいといえば、もうひとつ。
「春駒さん、ブルースハープ(ハーモニカ)メチャうまいっすね!」
とよくお褒めをいただきますが、これに関してもほとんど練習した覚えが無い。っつーか、いきなり本番でやってしまっているのだ。かといって、頭の中にメロディーがあらかじめ存在している訳でもない。つまり、「口から出まかせ」に過ぎん。最初にたまたま吹くか吸うかした音に従って、続くメロディが引っ張られて出て来る。それが気に入ったものなら、次回のステージでも間違いなく同じ旋律となる。自分でも不思議なんだな。
強行突破 (2006.10.16)

さすがに打ち上げのダブルヘッダーは無謀であった。吐き気の波状攻撃に悶えながらも執筆業務を強行。夕方、ぐんぐん持ち直し、興もノッて来たので明日予定していた仕事にも手をつけ、深夜近くフィニッシュ。

こんな忙しいとますます気分が戦闘的になってくるのでライブをやることにします。以下詳細。

10月26日(木)広島市中区富士見町「スタジオDUCK」にて恒例の三代目春駒小林一彦ソロライブを行います。今回は「センチメンタルじゃーにゃい!」と題し、ストーリー性のある旅の歌をピックアップ。新曲&新アレンジはもちろん、最近やってない曲、ラップ、演歌「夫婦蛸」のハードロックバージョンカラオケ、エアギターも披露する予定。音楽史に残る伝説の一夜となること間違いなし。見逃したら損ですぜ(笑)。お見逃しなく〜。

*開場/PM8:00
*開演/PM8:30
*料金/1500円(要1ドリンクオーダー)
*場所等お問い合わせ/スタジオダックHP(左下にある「お店の紹介」クリックで地図が出ます)
http://www.st-duck.com/
愛と平和のウッドストック、、、打ち上げトライアスロン、、、 (2006.10.15)

午後、盟友Maggeiさん主催の音楽祭「愛と平和のウッドストック」にFar East Loungeで出演。場所となった基町中央公園の川土手緑地は、秋の柔らかい陽射しと、これまたジャントルな川風(どんな風や?)が気持ちよく、どうにも演奏に集中出来ず。っつーか、その一方で環境と一体化した感があり、悪くはなかった。

セットリスト
「Dreamin'」>「カプチーノもう一杯(ウクレレバージョン)」>「ハナレイ・ムーン」>「アカバナー」>「その男ヨシオ」>「テビチ記念日」

ラストの「テビチ」では、俺らの後、トリで出演した沖縄サンシングループのメンバーが指笛やサンバ(沖縄の打楽器)で飛び入り参加してくれて感無量。しかし、本日の俺のコスチューム、赤いリーバイス501の7分丈に阿波踊りのぼかし入り白Tシャツ、アディダスの蛍光グリーン×黒のウォーターモカシンシューズという組み合わせで他の出演者から「アマゾンの毒虫っぽい」「精神異常者」などと好評を得る(笑)。

夕方、宇品の廣原先生宅で催されている心体育道の打ち上げに参加(今日は恒例の神田神社奉納演武だったのだが昨年に続き出場出来なかった)。奉納演武後、つまり昼の1時から行われている飲み会は数時間後からが本番なり。到着すると案の定、皆さんはじけまくり(笑)。

その後、PICOでの音楽祭打ち上げにも参加。ツンちゃんがサービスしてくれた吟醸酒が効いたのが、後半の記憶なし。チャリで帰宅途中、オタマのみやげにビールを買ったのはなんとなく覚えているんですが、、、、。
仕事人、、、道場リニューアル、、、 (2006.10.14)

午前中、来週取材をしている某楽器店にて事前打ち合わせ。いやぁ我ながらよう働くのう。というより、フリーランスになってからますます仕事が面白うなったきた。気分は、ひとり荒野を獲物を求めて往くハンターなり。その不安とそれを上回る恍惚。よく、職場のグチをこぼす人がおるが、俺には信じられんど。気に入らんのならさっさとヤメりゃええんで。不服があること自体、イコール己のイマジネーションのなさと俺は思う。自分で決心し、足を踏み出す(もしくは足を踏み外す)だけでOK。世界はいつでもキミを待っている。

夕方、道場へ。「ウナギの寝床」と揶揄されていた狭小道場が、なんとL字型に広くなっているではないか。ついこの間まで、道場に隣接したスペースに一人ぐらしの老人が間借りしていたらしいのだが、その方が亡くなったのを機に、しきりをぶち抜き、道場を拡充したとか。これで夏の名物「サウナ地獄」ともオサラバできそう。いや、実に道場らしくなった。
たらちねインタヴュアー (2006.10.13)

午前中、執筆。
午後より、某企業へAカメラマンと出向き、取材。
夕方帰って、インタビュー記事の執筆。
俺のコピーライターとしてのウリのひとつは、業界催促、じゃなかった、業界最速といわれる原稿アップの早さにある。今日は久々のインタヴュー仕事だったため、果たして、カンがすぐに戻ってくれるのかどうかちょっと心配だったがまったくの杞憂であった。っつーか、ラジオのパーソナリティ、それも2時間生番組を5年半もやり、その間のべ数百人のゲストをエスコートして来た経験が、相手から上手に話を引き出す実戦訓練にもなっていたようで、きわめてスムーズに進行。してみると、人生に無駄というのはないんだな。
「広告業界なんかにいると、本当の歌が唄えなくなるで」
とは、コピーライターになりたての頃、よく友人たちから発せられた忠告。だがね、それこそこのシビアな業界をよく知ってない、シロウトの見識だと今は言い切れる。その道のプロとしてメシを食うことの大変さに、ミュージシャンもコピーライターも一般サラリーマンもカンケーねぇ。俺は雑食主義であれやこれや本能のおもむくままに首を突っ込んで来たけど、このたゆみない異種格闘技的泥まみれライフの実経験が俺を支えてくれている。まだまだ勝負するど。とんでもなく理不尽な風に翻弄されて、それでもピュアなソウルが生き残ったそのときこそ、歌をモノにできると信じたい。間を空けず、往こう。どんどん唄いまくり、書きまうろう。っつーことでただ今午前2時、2ページ分のインタヴュー記事を無事アップ。
明日もいくどー。
ICレコーダー (2006.10.12)

終日、打ち合わせ&取材で市内を奔走。その合間、某デオデオにて ICレコーダーを購入。これからインタビュー仕事が大幅に増えることがほぼ確実になったためだ。これまではおもちゃのようなミニテレコか、 MDを使っていたのだが、先日、某クライアント本社でミーティングの際、ある若手の有能アートディレクターが使っていたICレコーダーを見て仰天。っつーか、その、彼の胸ポケットに差されたほとんどペンほどの大きさしかないものが、最初レコーダーとは到底信じられなかったのだ。試しに聴かせてもらうと、音もいい。パソコンにも音声が取り込めるし、頭出しなども簡単。で、俺も、というわけ(笑)。俺が買ったのは安いやつで大きさはipodぐらい。操作簡単でやっぱり音がいい。曲作りにも使えそう。

ああ、それにしても、、、、数日前からオヤシラズが痛えっす。明日の取材、ダイジョーブかいな?
水に流す (2006.10.11)

ひき続き、本日も外壁補修工事。しかし、騒音は昨日の「ドリルだよ、全員集合」ほどでもなく、「2、3人集合」という感じ。しかし、ウルサイことには変わりなく、デンワでの打ち合わせは比較的音が響かないトイレの中で(笑)。いや、いっそのこと、PCやプリンターも全部持ち込んではどうだろう。やっかいな仕事が舞い込んで来たらスグ<水に流せる>のもいい。がはは。

先日、某デオデオに修理に出したデンワの子機の修理が終わったとの連絡があり、午後、宇品店へ受け取りに行く。相変わらずハッキリした原因がわからなかったようだが、三度目の正直で気合いを入れてくれたのか、今回はごっそり基盤丸ごと交換したとのこと。当然無料。もしこれでもおかしければ、新品と交換するとも。うむ、納得。どんなにテクノロジーが発達しようと、所詮人や機械のやることに「絶対確実」はあり得ない。いつかどっかで必ずミスはするものだ。問題はその際のフォローだ。どうもね、この国は電器製品にしても楽器、クルマにしても売りっぱなしが多すぎると思わんスか?そんで壊れたら修理するより新製品を勧めやがる。あ、これも<水に流す>国民性だったりしてな。
ドリルだよ、全員集合 (2006.10.10)

連休明けて業務再開、ついでに当マンション外壁補修工事も強力に再開。おいおい、あとは塗装だけじゃなかったんスか?ドギャギャギャギャ!ズドドドドドド!ギュイイイイイイイーン!と、これまでのすべてのドリル破砕音の総集編のような凄まじさ。クーはオタマの実家に居るので問題ないが、本日の俺の仕事は某テレビ番組のオフィシャルHP用ダイジェスト原稿の、それも録画ビデオを見ながらの執筆である。まず音声が聞き取れん。
「本日の番組のテーマは<ギュイイイイイイイイイーン!>でございます。さて*****さん、ホニャララ駅前再開発<ドガガガガガガガガガガ!>ですよね」
「いや、ボクが子供の頃は駅前と言えば<チュイイイイイイイイイイイイイイイイーン!>だよ」
「ははははは。そりゃ<ドギャギャギャギャッ、ドギャギャギャ、ズギュ〜〜〜〜〜〜ン!>」
さっぱりわかんねぇ。それならヘッドフォンで聞けばいいようなものだが、残念でしたこのテレビ、ジャックがイカレてるのでございます。ボリュームを近所迷惑にならないように目一杯あげ(もうそこらへんももう気にせんでもええほど工事音がウルサイのだが)、顔をテレビにくっつけるようにして必死でヒアリング。内容を把握したら今度はそれを噛み砕いて読みやすい文章にする。
ええと、つまり、コメンテイターK氏は***********と。そんで今回のW社長は、、、、<キュドドドドドドドドドド!><ギュルギュルッ、ギュルギュルッ><キャキュキュキュキュ、キュイィイイイイイイーン!><ガガガガガガガガ!>
書けん!文章が頭の中でまとまってくれん!くそっ、そっちも仕事なのはわかるがこれはあんまりじゃい。いっそ、工事が終わる夕方5時までまとうか、、、いや、そんな悠長なこと言ってられんほど、仕事がつまっておる。落ち着け、深呼吸しろ、心頭滅却火もまた涼しなり。そうだ、般若心経でもとなえてみるか。かんじーざいぼーさー、ぎょうじんはんにゃーはーらーみーた、、、、、ますます書けねえっつーの。

結局、激闘6時間。通常より倍以上かかってなんとかフィニッシュ。はぁ、俺も辛抱強くなったもんだにゃ。明日?知るかっ!
いい人間、軽い人間 (2006.10.09)

けっこうハードな日帰り登山だったにもかかわらず、筋肉痛などほとんどナシ。っつーか、朝っぱらから腕立て、スクワットなどガンガンやるほどの元気ぶり。やはりあの三倉岳はポジティヴな磁力を備えた<パワースポット>ではないのか?三峰が整然と並ぶ様は「強力わかもと」のWにも似てるしな(笑)。一粒で三度美味しい、あるいは<登山のハットトリック>を楽しみたい方は是非!ただし、白馬の遭難もあったばかりだし、自分の技術・体力レベルとよく相談した上で。やはり山も海もナメるとこわいですよ。

ところで朗報がひとつ。魂友で放浪絵師の香川大介クンが、9日朝、遂に日本最北端、宗谷岬に無事タッチダウン。2005年2月18日、日本最南端波照間島からスタートした完全徒歩による日本縦断野宿行脚は、沖縄〜鹿児島〜熊本〜佐賀〜福岡〜山口〜広島(俺の実家に約1ヵ月逗留)〜愛媛〜高知〜徳島〜香川〜岡山〜兵庫〜大阪〜京都〜滋賀〜岐阜〜愛知〜静岡〜神奈川(魂友・田口ランディさん宅に数日逗留)〜東京(ここでしばらく冬眠)を経て、明くる2006年4月27日より埼玉〜栃木〜福島〜新潟〜山形〜秋田〜青森〜北海道と順調に(?)歩を進め、遂に宗谷岬で有終の美を飾った訳である。
この旅のスゴイところは、食費、ネットカフェ代、フェリー代(海は泳いで渡れんからな)などすべて、自分で描いたイラスト入りTシャツを売って稼いだということだ。この大胆過激なレギュレーションは栃木のマルチ仙人ことAKIRAさんが提案というより強制したものらしいが、実に無責任というほかない(笑)。いや、AKIRAさんは大介クンの才能を見抜いていたんだな、この男ならたぶんやれると。この「たぶん」というのが肝心で、「楽勝」であれば彼の気持ちは逸らなかっただろう。実際、彼の絵はその土地の風土、文化、人からインスピレーションを得て、どんどん変容し熟れていった。
旅を終えた今、彼が次のステージをどこに移すのかは知らないが、そのうち連絡があるだろう(笑)。
そんな彼にどっかの粋人(あるいは酔人)が吐いた言葉を贈りたい。

『いい人間は天国へ逝く。軽い人間はどこへでも行く』

これからもお互い、いい旅を。ぐふふ。
三倉岳縦走 (2006.10.08)

気持ちよく晴れ渡った日曜日。
ふと思いつき、旅の相棒、久保直樹と、大竹市粟谷町にある霊峰、三倉岳へ。
ロッククライマーの聖地として世界的にも知られるこの岩山は、上ノ岳(朝日岳=645m)、中ノ岳(中岳=665m)、下ノ岳(夕陽岳=695m)の3つの峰により美しいW字型に形成されている。某登山ガイドブックによると、往復3時間45分とあるのだが、上ノ岳を目指すルート(通称Bコース)は、その行程のほとんどが急峻な石段。それも場所によってはひとつの段が腰ほどの高さもあり、体力に自信のある俺でも息があがってしまった。45分ほどで頂上にたどり着いたときは水をかぶったかのように汗みどろ。

しばらく休憩ののち、上ノ岳より20m高い真ん中の中ノ岳へ。途中「クサリ場」、つまりクサリに掴まらないと昇れない場所が10数m続く。高所恐怖症の人はまずここでリタイアするであろう。頂上、というよりは空に突き出た勃起岩という感じ。見晴らしは抜群にいいけど、やはり高所恐怖症の人は足が竦んで動けなくなるに違いない。

続いて、さらに30m高い下ノ岳へ。ここに登るにもクサリ場が断続的に続く。頂上のロケーションは、ただただアンビリーバボウ!っつーか、一歩足を踏み外したら確実に死ねるという心地よい緊張感が、その眺めを一層、神々しく見せてくれるのかも。太古の昔から修験者が足しげくここへ通ったのがわかる。ここなら魂がむき出しになる、まさにあの世とこの世の境界線でございます。俺らは物好きにも、その岩のさらに突端で昼食。横になりうっかり寝返りうっただけで落差数百mの奈落の底へまっしぐらというデンジャラスゾーンで食すものは、たとえセブンイレブンで買ったムスビ弁当であろうが、聖なる供物のごとく胃腸を飛び越え瞬時に全細胞に染み入ろうとするのでちゅ。
昼食後、しばし目を閉じ呼吸を整え、ケツの下に屹立する巨大一枚岩とのスピリチュアルセッションを試みる。俺はオマエでオマエは俺だ。しかしてオマエは誰なんだ?そして俺は一体、、、、ややっ、瞼の裏を横切る珍妙なビジョンあり。おおっ、さ、三葉虫じゃんか。そうだったのか、俺は有史以前は海底を蠢くただのゾウリムシに杉中田、じゃなかった、過ぎなかったのか!ショ〜〜〜〜〜〜〜ック!
などと遊んでいるうちに、あっちゅーまに一時間。

なかば、<孤高の岩>と同化しつつあった腰を上げ、通称Aコースで下山。このルートはBと比べなだらか。とろとろ歩いて40分で出発地点の駐車場着。それにしても「熊出没注意」の真新しい看板多し。
帰りは車で30分の岩倉ロッジに寄り、温泉に浸かる。いやぁおもろかった!広島県内にこんな日帰りレジャースポットがあるとは知りませなんだ。天然の遊園地です。命と向き合える<紙一重>のテーマパークです。東京ディズニーランドの100倍楽しめる(行ったことないけど)。
聞くところによると世の中は、自殺志願者で溢れかえってるらしいね。俺は臆病者で欲張りだからまだ死にたくねぇ。死にたくねぇから、ハラの底から言ってやる。生きたるんじゃと言ってやる。命というものは気が遠くなるほど儚く、だからこそ美しいもんだぜ。なのに自ら命を絶った俺の何人かの友人たちよ、ハッキリ言ってお前らは力いっぱいヒマ人だった。イマジネーションに欠けた救いようのないくらい悲しいアホだった。悔しかったら生き返ってみろ。がははははー。ああ、ビールがうまいっ!

*写真:下ノ倉の頂上の端っこにある岩の突端にて(撮影は久保直樹)。左右は数百メートルの断崖絶壁で足を踏み外したら死は確実。気分はイヌワシでごわす。高所恐怖症の廣原先生や、音楽の相棒チューピー梶山など、たぶん卒倒するロケーション(笑)。

白髪 (2006.10.07)

約2ヵ月ぶりに散髪へ。いやぁ、髪切ると両サイドの白髪がすげぇ目立つのよ。散髪の都度、あとでオタマに「白髪染めの儀式」を人知れず執り行ってもらっているので世間一般にはバレてないが。しかし、これはこれでカッコエエという女子もおるのではないか。散髪屋店長も「なんかメチャしぶいッスよ」と大絶賛。ふむ、、、大いに悩むところである。

ところでこの店、前にも書いたけど、店の半分がブティックになっていて、この店オリジナルのかなりイケてるスカジャン、ハワイアンシャツ、ボーリングシャツなどが並んでいる。芸能人のファンも相当おり、辺見エミリの旦那の木村某や、クレイジーケンバンドの横山剣とかが着ているのをしょっちゅう見る。ま、それはいいのだが、冬物でかっちょいいのをいくつか発見。仕事が一段落付いたらなんか買おうかね。
空撮写真 (2006.10.06)

朝10時から夕方までほとんど打ち合わせ。
その合間、気分転換に新聞を読んでいると、某大規模宅地開発の15段広告。空撮の全景写真が真ん中にド〜ンと載っているやつ。一瞥しただけで、それがどこにある、なんというニュータウンなのかわかってしまう。前のプロダクション在籍時、俺はこの物件の広告担当をしており、ここへは数年間で100回近く足を運んでいる。だから区画図なんかもおおまかなところはほとんど暗記しており、ここは**公園、ここには藤棚があって、この角のお宅には見事なバラの生け垣が、、、などとありありと思い起こせるのでおじゃる。あれから約10年。もう忘れてもええ頃じゃけどね。肝心なことは忘れてもうて、なんでこんなんばっかり覚えとるんじゃろうね。習慣て、おとろしーね。
3ナイ請負人 (2006.10.05)

コンペに勝てば勝ったで、プレゼンした通りのブツを納期までにきっちり仕上げなければならん。っつーことで、来週、再来週と、空恐ろしいスケジュールが待ち構えている。カカカ。どうってことないやね。いつものようにビシィとキメますで。「困ったときの春駒さん」「広告駆け込み寺」などと、頼りにされているのは有り難いこっちゃ。でも、ふだんから気軽に仕事くれればもっと嬉しいんですけど(笑)。それと「納期がない」「アイデアがない(プロダクションあるいは広告代理店側に)」は別に構わんのですが、「予算がない」のだけはちょっと、、、、うそうそ、なんでもご相談くださいませい。
シンナーズ・マンション、、、どこが「お客様のため」ですか?、、、 (2006.10.04)

当マンションの外壁補修工事。クラックの処理は終わり、数日前から塗装直し。窓を閉め切っていてもシンナー臭が入り込んできてたまらん。俺はまだしも、クーが心配。ニオイが届かない東側和室に避難させる。

シンナーといえば、肉体労働をやっていた22、3の頃、現場から帰る途中、ワンボックスの後部に積んでいた剥離用シンナーのフタが外れていたのに誰も気づかず運転し続け(クサイとは思ったが)、馴染みのラーメン屋に到着したときはクルマ丸ごと<シンナー袋>と化しており作業員全員がラリっていたということがあった。なにせ、駐車場についてドアが空いたとたん、みんな路上に転がり落ちたんだからな(笑)。よい子はマネしないように。

デンワの子機の調子が悪いので某デオデオへ持って行く。実はこれ、修理に出すのが3回目。満充電のサインが出ているのに話しだすと途中でイッキにエンプティとなり通話不能という症状も同じ。1回目のときは、充電式電池の寿命が、通話口のマイクにもゴミが、などと診断され数週間後一応修理されて戻ってきた。しばらくはそれで使えた。それから一年も経たずに全く同じトラブル。で、持って行くとやはり数週間後「メーカーに持ち込んだが原因がわからない。しばらく使ってみて欲しい」とさっぱり要領を得ない説明。確かに半年はそれで問題なく使えたから不思議である。それで本日の3回目だよ。ちなみにメーカーは天下のパナソニック様。
修理カウンターの中年女性、これまでの経緯をフムフムと聞いて「私どもといたしましては、これを修理の方へまわしますが、どちらにしましても同じような対応になりますのでウンヌンカンヌン、、、」
ちょっと待ってくれ。それじゃなんですかい、また前回同様に「原因がわからない」とかいって突き返される可能性があるっちゅうことですかい?壊れても原因がわからんような商品を売りつけて「5年間安心保証」はなかろう。少しは誠意を見せてくださいよ。忙しい中、その度に足を運び、子機のない生活を何週間もおくらねば成らんのですよ。
折しも、カウンターのすぐ横に据え置かれたモニターTVから、ここの量販店のCM、つまり某・所ジョージ氏出演するところの「お客様〜が安心していられるか心配で夜も寝られません〜」などと軽薄きわまりない歌を弾き語りしてる例のヤツが延々とループで流されっぱなし。
「CMでもこういっとるじゃないですか」
と液晶画面を指差す俺。はぁ、と恐縮するオバサン。
あなたは客の持ち込んだ修理品の症状だけを修理部門に伝達するだけでは伝書バトと同じです。僕の<怒り>を上司なりメーカーなりちゃんと伝えてもらわないと。次にまた「原因がわかりませんでした」じゃ、もう納得しませんからね。そうじゃなきゃ、こんな耳障りなCM流すのはやめてもらいたい、マジで。
フラッシュバック (2006.10.03)

打ち合わせやら執筆やら、なんやかや。ちょいとチャリを漕げば汗がドバーッ。信号待ちで停まればひんやり寒け。こんな時、風邪をひきやすいけぇご用心じゃわいの。でもこの頃の空気の透明さときたら。太陽光線の微粒子の美しさと言ったら。四季のある日本。これだけで充分美しいんじゃい。一政治家風情の小手先でどうにかなるもんじゃないんど。

日曜日、ヒロシくん、一彦くんたちと打ち上げやった居酒屋Yからデンワ。なんと、俺のサングラスが店内で見つかったとのこと。帰り道ですっ転んだ時に落としたもんだと諦めていたのにラッキーじゃん。それにしてもコケたのはたぶん、信号待ちでの立ちゴケ。場所は定かではないが、シチュエーションはうっすら覚えている。その時、首筋を例の「傘スタンド」にブツけたのだ(翌日、首が腫れ、傘スタンドも無様に歪んでいた)。スネの傷は当マンションの階段だろう。階段がグワングワンと大波を打っていたような。それで俺は四つん這いになって大トカゲのごとく昇ったような。
ま、この程度の傷はすぐ治る。あと名刺入れさえ見つかれば被害ゼロだ。これくらいで済んでよかったス。しかし、何日か経って、ふと酔っていたときの恥ずかしい記憶が戻ったりするんだな。
嗚呼、二日酔い (2006.10.02)

ひどい二日酔い。吐き気はないけど終日起き上がれず。ビールをジョッキで6杯、泡盛「残波」をロックで6杯で玉砕す。どっちみち、こーゆー状態に近いことになるであろうと予測していたので今日は仕事は入れてなかった。っつーか、それで油断したのかも。

昨夜のライブ、ヒロシもえかったが、藤井一彦との出会いはけっこう衝撃的であった。久しぶりに8ビートをカッコイイと思った。ティーンエイジャーの頃、ブルース・スプリングスティーンを初めて聴いたときのショックに近いものがあったぜよ。それと、昨日も書いたけど歌詞が全然卑屈じゃないのだよ、ヒロシと違って(笑)。いや、ヒロシもますます進化しさらなる高みへ到達していた。なんだか二人とも職人だった。打ち上げの席で、藤井クンと詩のことで色々話したはずなんだが、覚えてねぇんだな(笑)。もう少し計画的に飲みなさいね、サングラスを落とすのはいいけど、記憶喪失はいかんよ、広島の一彦君よ。あ、今、思い出したことがある、、、、ヒロシに別れ際、唇を奪われたような、、、、。

おっと、ひとつお知らせ。先日、俺の武道師匠、廣原先生がシットオンカヌーで単独瀬戸内海横断を成功させたが、その航海日記(後悔日記?)が心体育道オフィシャルサイトにアップされた。掲載されている写真を見たらわかる通り、先生のカヌーはとても長距離向きではないのが素人でもわかるはず。とにかくおもろいど〜!
http://www.shintaiikudo.jp/kayak.htm

*写真:打ち上げの席で、藤井一彦クン。ギターを持ってなかったらきわめてフツーの好成年、ヒロシと違って(笑)。

イクラの季節、、、一彦Meets一彦、、、 (2006.10.01)

旅の相棒、久保直樹宅へイクラを取りにいく。国内外を精力的に旅している久保はあちこちに親友がおり、この時期になると北海道のバックパッカー仲間よりイクラが送られてくる。そのお裾分けを俺も毎年いただいておるのでごわす。もう秋でごわす。今月25日には44才になるでごわす。何才になろうがイクラは相変わらず美味いのでごわす。

夜、山口洋クンのソロライブでジャイブへ。ゲストはグルーヴァーズの藤井一彦氏。ふたりとも非っ常〜によろしかったス。藤井どの、あの敬愛するパンタ氏のバンドを時々サポートしている藤井氏と同一人物とはつゆ知らず。打ち上げの席でいろいろ話し込んだとさ。メロディはもちろん、描く詩の地平が素晴らしい。卑屈さもない。
しかし、大いに飲み食いしたはいいが、後半記憶が飛び、サングラス、名刺入れなどを帰る途中どこかで落としたようである。しかも臑に打撲傷。だいたいどうやって帰ったかも覚えとらん。ははは。もひとつおまけにはははのは。
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