Far East Lounge 三代目春駒小林一彦オフィシャル 小林一彦イラスト

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2007年06月の日記

球場の匠 (2007.06.30)

某季刊誌の取材で、広島市民球場へ。カープvs巨人戦をTV中継する裏方さんたちを紹介するという趣向。中継車の中、バックネット裏にあるアナウンス&記者席、場内のカメラ位置(今試合は巨人戦なので通常よりやや多めの計13台)など、一般人が立ち入ることの出来ないプロフェッショナルの現場を局の担当の方に案内してもらう。たまげたのはカメラマンの技術の高さ。素人にはただでさえ打球を目で追うのは難しいというのに、カメラマンはフォーカス、ピントを左右の手で調整しながら(つまりオートではなくマニュアル操作!)、左目で打球、右目はファインダーを覗くという超離れワザを瞬時にやってのけるとか。また、カメラマンや、スイッチャー(中継車の中で画面の切り替えを指示する人)は、試合が始まると、トイレその他で一瞬たりとも席を外すことは許されない。研ぎすまされた反射神経、それを発揮し続ける持久力、忍耐力。人知れず、このような匠が、この街にはいるのである。
俺は仕事柄、いわゆる<一流>と呼ばれる職人、アーティスト、作家、スポーツマンに接することが多い。で、ほんとに凄い人は、まず間違いなく物腰が柔らかいし朗らかだ。テレビドラマや映画では一流の職人を、気難しく取っ付きにくい孤独な一匹狼として描く事が多いけど、あれはウソ。俺は彼らの足元にも及びませんでちゅね(笑)。

ところで、俺が市民球場に足を運ぶと、その日は必ずカープが勝つというジンクスがある。案の定8-6で勝ちよった。むふふのふ。
ど根性ハイビスカス (2007.06.29)

今月初め、3年間可愛がっていた「ユミちゃん印ハイビスカス」を肥料のやり過ぎで枯らせてしまい、新しく2鉢購入したことは前にも書いたとおり。しかし、すっかり葉が落ちたとはいえ、「もしかして復活するのでは?」という願いにも似た可能性を捨てきれず、そのまま裏のベランダに移し、未練がましく時々水も与え続けて約3週間。本日、オタマが「枯れたハイビスカスの周りを小バエがいっぱい飛んどるよ」というのでキンチョールを持って近づいて、一瞬目を疑った。なんと、枝のそこかしこから、新しい芽が出よるでないかい!小バエが集まったのは、わずかに残っていた牡蠣殻系肥料のニオイに誘われたものと思われるが、それにしてもなんというタフな野郎か。ふだんはウザい小バエも、ハイビスカスの復活を祝福する<天使>のようじゃぞ。ハレル〜ヤ!

冷静に考えてみよう。
俺が与えた肥料は塩分がキツ過ぎたと思われる。で、ハイビスカスはそれを体外に排出するため、一度、目一杯葉に吸い上げ、それからすべての葉を落とした。人間もウイルスが入り込むと、熱を出したり、下痢するのといっしょ。つまりは自浄作用だ。東洋医学には、「上手に風邪をひく」という考えがある。定期的に罹患する事により、体内毒素を燃やし尽くす。これが自然の理に適ったシステムなのでちょね。肥料を与え過ぎた土は、あれから真水で洗浄したので、今度は大丈夫のはず。夏はまだ始まったばかり。鮮やかな深紅の大輪を熱望ス。
雑感 (2007.06.28)

う〜ん、ダメじゃわい。来月に迫った沖縄ツアー用のザックを引っ張り出してホコリを払ったり、訪ねてみたいポイントのルートを地図でシミュレーションしていたら頭ン中がもう、それ一色。ふはははは。3年ぶりだからね、のぼせるのも無理はない。そのうち落ち着く、、、、のか?!

それにしても今朝の脱糞は我ながらスゴかった。いつものようにドスンと一発デカイのを投下したあと、珍しく第二波が。やれやれ、きょうは大漁、いや、大量じゃわいと腰を上げようとしたらダメ押しの第三波。半年ほど中断していた玄米食を復活させたからなのか?いずれにせよ、出すだけ出したら体が軽い。産卵を終えたウミガメの気分とはこんなものだろう。さ、海へ還ろう。っつーか、仕事しろっつーの。

光市母子殺害事件の差し戻し審公判の被告人質問。今回、被告人弁護団の中に、どうやら知り合いの弁護士がいる。被告の証言を目にすると、それが彼の本音ではなく、弁護団が策定したシナリオに思えてしょうがない。それほど陳腐。
南のライブスポットは、、、政治家の本分、、、 (2007.06.27)

この数日、業務の合間に沖縄のライブハウスをネットでいろいろ調べている。本島の沿岸部や八重山方面などの離島には、思わずケツが浮いてしまうような、カリビア〜ンだったりサルサ〜な感じのスポットが散在しており「ここでやらいでどうするっ!」とひとり吠えまくる。うむ、近いうち、マジに実行しよう。盟友、山口さんちの洋っちは、「俺の音楽は北志向」といつか語っておったが、俺の場合は南国の空気に合うのだ、かなりの部分。最近のFarEastLoungeの演奏など、パームツリーの下、パンツ一丁でラム酒でも飲みたくなる曲ばっかじゃぞ。同じシーサイドでも津軽海峡やノサップ岬にゃ絶対そぐわんような気が、、、、、、。

政治家というものは、少々ダーティーなくらいでちょうどいいと思っている(ただし、そのズルさが私腹を肥やしたり、一部の特権階級の利権を守るために使われるのは別)。安倍君はアホ。政治家の器に在らず。っつーか、この国には魑魅魍魎然とした諸外国とまともにやりあえる策士、軍師としての政治家はいない。「政治屋」ばかりだ。好むと好まざるとに関わらず、「あんたらで勝手にやってくれ!」で済まないのが「国家」というセグメントなのである。ああ、この現実、鬱陶しいったらありゃしない。
取材交渉サーキット、、、春駒ブートキャンプ、、、沖縄ライブ決定、、、 (2007.06.26)

珍しく一切執筆業務はせず、秋に刊行予定の某季刊誌の取材交渉をデンワ、メールで終日こなす。限られた予算の中で、中国5県にまたがる旬な情報、それも読者が面白がってくれるものを探し出すことだけでも相当に労力のいることであるが、取材させてもらえねば意味がない。つまり、この「交渉」にすべてがかかっている。うまくいけば、仕事の大半は成功。

巷では今、ビリー・ブートキャンプ大流行り。しかし、あんなもん俺の日常稽古に比べりゃ幼稚園レベルかもしれませんぞぉ。今夜も日課の独り稽古をみっちりこなしたけど、さすがこんだけ蒸し暑けりゃ発汗量は凄まじく、たちまち足元に水たまり。くじけそうになったらビリーが叱咤激励してくれるわけじゃない。
「なんじゃいもうギブアップか?!さっさと続けんかい!」
その罵声は、自分自身に向かって発せられるのである。涼しくなる秋までこの調子でガンガンいくど。

深夜近く。沖縄は那覇の某ライブハウスとようやっと連絡がとれ、7月15日(日)、ライブをやらせてもらえることが決まった。詳細未定。マスターK氏は、3年前、ふらりと店に現れウクレレ一丁で数曲歌った俺のことをよく覚えていてくれた。
ナレ録り2連発、、、サラリーマンのうつ、、、 (2007.06.25)

午後より、まずは西区の映像プロダクションにて、某プロレス団体のTVCMナレーション録り。2パターンとも1テイクでフィニッシュ。
続いて安佐南区の映像プロダクションにて、某クツ屋さんのTVCMナレーション録り。こちらも難なく終了。ナレーター暦は十数年になるが、一日2カ所で別々のものを収録というのは初めての体験。しかも今月だけで3本もやっている。ナレーターも執筆等広告業もクライアントのオーダーに応えて請ける仕事。当然制約は多いしミスは許されない。それがまたいい緊張感を生み出してくれる。
夜、NHK特集で「急増する30代のうつ」を見る。残業が多く、重い責任を課せられる大手企業の中堅=30代にうつが激増しているとか。ストレスが溜まる、睡眠時間がめちゃ少ない、ということでは広告業界も相当なものだろう。俺も30代半ばまでの数年間、ほとんど仕事ばっかだった。その頃の俺は毎日「今日こそ社長をブン殴ったる!」と殺気だっていたものだ。いや、それは冗談だけど、常に何か得体の知れない強い怒りを感じており、それをウエイトトレーニングにブツけた結果、さらにムキムキとなった(笑)。っつーか、今日のTVで見たサラリーマンの場合に限るが、怒りでもいらだちでも、うまく発散するか表現できない「大人しくて真面目な人」がうつになるような気がするのだが。いずれにしても難儀だのう。ええ解決法はないもんか。
イカはいかが? (2007.06.24)

夕方、西区某所のC-naさん宅を、家族で訪問。昨日、浜田沖へ釣りに出ていた久保が持ち帰ったとれとれの
イカを久保自身がさばいて料理するという出張ディナーのご相伴にあずかろうという次第。途中でプロバレーボーラーのユーチャンも参加。
久保の料理の腕は、充分に知るところではあるが、サシミはじめバラエティに富んだ3品、非常に美味しかったでござる。よって、宴は一段と加速し、佐伯氏がサンシンを持ち出したあたりからカチャーシー状態に突入(笑)。いや、楽しい夜でおました。感謝再見。
地球を回せ、、、ジョイントライブ、、、 (2007.06.23)

沖縄慰霊の日。62年前の太平洋戦で唯一、一般住民が地上戦を体験した沖縄では、この時約20万人が戦死し、そのうちの半分が非戦闘員。弾丸火雨が飛び交う中で、沖縄の人々はまさに生き地獄を味わったのだ。「私のお母さんは、この場所(摩文仁の丘)で命を落としました」
と語る遺族の男性には、産んでくれたことに対する母親への強い感謝が込められていた。
今、環境問題で国籍関係なく人類全員がかつてない危機に対峙しているが、それでもなお俺は希望を見いだし、子供達に明日を託したい。悲惨な状況下だからこそ、智慧や愛が試されている。力一杯生きたれ。その手で地球を回したれ。

夜、薬研掘「ライブカフェジャイブ」にて「しーなとシュウ」と我がFarEastLoungeのジョイントライブ。先攻は俺ら。

セットリスト
「カプチーノもう一杯」>「Dreamin'」>「星の波間に」>「アカバナー」>「此岸之朱」>「新しいストーリー」>「黒いストッキング」>「Telephone」>「春は流れて(with C-naさん、オタマ)」>「ひかりのうた(with C-naさん、オタマ)」

ラスト2曲は、C-naさんのピアノ、オタマのバイオリンが絡み、新しい地平が拓けた感じ。いや、演奏中思わず俺もゴージャスな音色に聴き入ってしまい「はっ」として慌てて歌に入る場面もあった(笑)。そんなわけで、彼女らにもFarEastLoungeに入ってもらうことにした(はやっ!)。ふたりとも忙しいので毎回というわけにはいかんだろうけど、楽しみが増えましたですな。もともとこのユニットは、ふだん別々に活動している俺、梶山、ツンちゃんが、パッと集まってガッと音出して、またサッと散開する傭兵部隊的なセッションバンドであるからして、フォーメーションも自在。気持ちのよいミュージシャンはウエルカムでござるのよ。

2stステージの「しーなとシュウ」もいや、素晴らしかったのなんの。こういう連中と一緒につるめるなんてミュージシャン冥利に尽きる。マジで。

サプライズゲスト=バイオリニスト、、、38スペシャルズのこれから、、、 (2007.06.22)

執筆、打ち合わせ、その他あれやこれや。

明日土曜日の「しーなとシュウ」とのFarEastLoungeジョイントライブ。昨日のダイアリーに書いたサプライズゲストとは、ずばりオタマのことである(笑)。FarEastLoungeでは打ち合わせなど不要であるが、一応オタマのために軽くリハ。C-naさんにもピアノを弾いてもらえるし、上手くいけば「うほっ!」っつーことになりそうだ(なんのこっちゃ)。

夜、喫茶こばやしスタジオで日課の歌い込み&独り稽古をみっちりやったあと、MACで久保と飲む。ヤツとは6年前エクスペディションチーム「38スペシャルズ」を結成した仲であり、これからのプランに花が咲く(笑)。沖縄、タイ、そしてなぜか東京と、年内はかなり楽しいことになりそうだ。
ウグイス中年、、、今週末ジャイブで、、、 (2007.06.21)

夕方まで通常業務。
PM5時半、安佐南区の某放送プロダクションにて、某ケイタイ(某が多いのう)の新機種プロモーション映像4パターンのナレーション録り。
自分で言うのもなんだが、広島のナレーターの中で、俺ほど多種多彩な声の持ち主はおるまい。「7色の声を持つ男」と呼ばれる所以である。しかもサービス精神旺盛なもんだから、こっちのほうからディレクター氏に「他にもこんなの出来ますよ」などとオーダー以外の声も出してみせるのである。するとD氏も喜ぶわな。ほいじゃその声のバージョンも録ってみましょう、っつーことになるわな。で、気がつきゃえらい時間かかっとる(笑)。いや、喜んでもらえればそれでオッケーでございます。

さて、今週土曜日はPM7時半より薬研掘ライブカフェジャイブにて、「C-naとシュウ」とのジョイントライブ。せっかくだから、かねがねお願いしたいと思っていたC-naさんにも2曲ほど参加してもらうことにした。他にもうひとり、サプライズゲストをお招きしておる。詳細は来てのお楽しみ。サノヨイヨイ!
取材心得 (2007.06.20)

怒濤の取材攻勢が週明けから始まりそうなので、これまで取材用ICレコーダーに録り貯めた10時間分のデータをチェック&消去したり、その他関連書類等の整理に没頭しているうちに夕方。それにしても、上半期だけで30人近くインタビューしとるわいの。これだけでも忙しいはずじゃわいの。わいのわいの。

取材時に注意せねばならんのは、まずは俺の声。ICレコーダーは俺のデカイ声に反応し自動的にピークを設定するので、あとで聴き直すと、ほとんど俺の声しか入ってない場合がある(笑)。相手の声が小さいとレコーダーを置く位置をズズイと前へ押し出し、さらに俺も<ささやきモード>でしゃべるようにしている。
取材ターゲットのレスポンスが悪いときはどうするか。これは意外と簡単である。相手のコメントに対し「へぇ、本当ですか?どうも信じられないなぁ」みたいな感じで相手を怒らせない程度にさりげなく異を唱えるのである。そうするとほぼ100%、相手はムキになってどんどん話し始めるのだ。
普段はおしゃべりなのに、レコーダーを回し始めたとたん、緊張で口が重くなる人もいる。この場合はひとしきり取材が進んだところで、「いやぁ、本日はお忙しいところ取材にご協力いただき有り難うございました」と言いながらレコーダーのスイッチを切る「フリ」をする。これで相手は取材が終わったと思い、緊張感から解放されるから、この時点で訊きたかった肝心なことを次々とブツける、相手ものびのびと面白いことを話す、という次第。
あ、企業秘密をばらしてしまった(笑)。
半農半X、、、300、、、 (2007.06.19)

終日、資料読み&プランニング。

途中、気晴らしに新聞に目を通していると、素敵なコトバを発見。ちょっと前から中国新聞では「ムラは問う」という特集を組んでおり、今はその第8部を連載中。きょうはそこで塩見直樹氏が提唱する「半農半X(エックス)」というライフスタイルの存在を知る。半自給的な農業と、やりたい仕事や趣味を生かせる暮らし=Xを両立させるという考え方で、老若を問わず幅広い世代に共感を呼んでいるらしい。ううむ、知らんかった。
最近、本屋に行くと「日本崩壊!そのときどうする?」みたいな経済クライシスを扱ったものがやたら目立つが、本当に凄まじいインフレがやってきたら、不動産を海外に確保しようが金塊を持っていようが円をドル立てにしようが、そこに書いてある事を実践しても生き残るのは難しい。っつーか「笑わしんさんな」と言いたい。生き残るとは、すなわち「食える」こと。つまり、自分で食う分を自分で作れることこそ、これからの時代、一番強いと俺は思う。ソ連崩壊後、週末農場「ダーチャ」が人々を飢えから救ったように。
もう、「国単位」ではなにも解決せん。年金もアテにならん。政治家なんぞ期待するだけ無駄。
それよりもっと細分化した<ムラ>や<シマ>といった自立心溢れるセグメントで動いた方が身軽だしアイデアが生かせそうだし、なにより生きていることのリアリティが得られるのじゃないだろうか。自給自足生活への新しいアプローチは、かなりの部分リンクするはずだ。
半農半Xの産みの親、塩見氏(42歳)は、99年に通販大手を退職して家族を連れて帰郷。40アールの田畑を耕しつつ、執筆、講演活動も続けているという。彼の場合、「半農半著」になるのだろうが、半農半歌、半農半舞、ほかにもいろいろイケるかもよ。
国家が破綻しても(もうしているという説が有力だが)、農あれば憂いなし。農ある鷹は田に入る。農と言える日本。農music、農life。誰だ、俺を「農天気」というのは?!

サティ・マイカルワーナーのレイトショーで「300」を見る。オモロかった、意外にも。特に中盤、戦闘シーンの1カット1カットが完璧。これだけでカネ払った価値はある。臨場感、映像の深度も秀逸。ストーリーうんぬんじゃなく、モンタージュの新しい可能性を見た。もう一回行くかも。
久々にゆるい一日 (2007.06.18)

昨日ライブ会場で買った勇造師匠の新譜「夢で会いたい」を聴きながら、終日、原稿のチェック、プランニング、ついでに某環境月刊誌のイラスト描き(先々号で打ち止めじゃなかったのかよ俺)。

先日買った2鉢のハイビスカスのうち、黄色い方が6つ同時に開花し目映いばかり。まるで小さな太陽状態。考えてみれば20代の頃は花なんかにはまったく興味なかったのに。人間つーのも不思議じゃのう。
誕生日会、、、豊田勇造師匠ライブ、、、 (2007.06.17)

昼、市内某中華料理屋にて、甥っ子の直樹とセガレの紅葉(くれは)の合同誕生日会。直樹は11日で12歳、紅葉は18日で3歳。ふたり足しても15歳かよ(笑)。こやつらが未来に夢を持てるよう、俺に何ができるか、真剣に考えている。

夕方、加古町の「OTIS!」にて、歌の師匠、豊田勇造さんライブ。例によって俺と梶山とでフロントアクト。セットリストは「愛しいひとよ」>「カプチーノもう一杯(ウイスパーバージョン)」>「梶山ソロ/あやかし」>「Dreamin'
」。おっと、その前にももうひとり、師匠のファンで、医師でもある吉沢泰介さんも2曲。彼の歌が実に沁みたとです。2曲目は亡くなった友人に捧げたものだそうだが、泰介さんによると、その友人が俺にソックリ、っつーかウリふたつなんだとか。死者は、この世の生を終えてなお、不思議な縁(えにし)を引き寄せる。その意味でいうと友人はまだ死んではいないのだ。
さて、師匠である。しかし、いったいどこまで進化するのかねこのオッサンは。ギブソン・アドバンスド・ジャンボの草原を吹き渡る涼風のような音色もさることながら、演奏された曲の半分以上が、初めて耳にするもので、俺はただ阿呆のように「うっ」「わ〜」「ぐおっ」などと唸るのみ。来月で58歳(!)ということであるが、表現力、歌詞のもたらすインスピレーション、ギターの饒舌さは比肩するものが見当たらない。唯一無比とはとういうことだよオッカサン。いや、堪能しましたですとも。歌手生活35周年を記念してのニューアルバム「夢で会いたい」は先頃タイでレコーディングされたもの。もちろん買うたです。イイに決まってます。
ハイビスカスのない人生なんて、、、正しい土曜日、、、 (2007.06.16)

3年前、オタマの親友であるユミチャンにもらったハイビスカス「ユミチャン印」が数日間に渡る懸命の蘇生術もむなしく、昨日、最後の一葉を散らしてしまった。胸にぽっかり穴があいた気分。もう、俺にはハイビスカスなしの日常は考えられぬ。そこで午後ダイキへ行き、赤と黄色、二種類のハイビスカスの鉢植えを購入し、「続・ユミチャン印」「黄色いユミチャン」とネーミングする(そのまんまじゃんか)。初代・ユミチャン印に肥料を与え過ぎ枯らしたのはすべて俺の責任である。実に、高い授業料であったが、今度は失敗せんけぇの、絶対に。

夕方、久しぶりに道場へ。喫茶こばやしスタジオでの独り稽古はほぼ毎日やってきたので動きはまずまず。土曜日は道場。やっぱりこれが正しい過ごし方。
方向性OK (2007.06.15)

昼過ぎ、実家にて、建築家D氏と打ち合わせ。年明けからスタートした実家建替えプロジェクトround:1「プラン編」も終盤。子世帯(つまり俺世帯)が占有する3Fワンフロアもほぼイメージ通り、いや、それ以上の革新的レイアウトに感涙。仕事場はもちろん、コンパクトながら音楽スタジオや武道場、中庭、友人用ゲストルームまである。しかし、もっと凄いのは、この時点においても俺ら家族全員がまったく予算を度外視しているところ。わはははは。ま、なんとかなる、、、、、のか?!
二度手間 (2007.06.14)

昨日の取材インタビュー分を原稿に仕上げ、他のテキストもあちこちイッキに送信。先手先手でごきげんよう。

午後より、昨年HDがクラッシュしたMacG4を修理に出すべく某デオデオのMacフロアへ。ところがどっこい、こちらのフロント青年いわく
「お客様、申し訳ございませんがこちらでは修理は一切受け付けておりません」。
ば、ばかやろめ。ここに持ってこずして一体どこへ持ち込めっちゅうんじゃい?!しかもこのMacフロアは今月オープンしたばっかだろが。ヤル気がねぇのかこんにゃろめ!というような意味のことをとても丁寧に訴える。と、フロント青年、
「いえ、修理に関してはお客様にご負担をおかけせぬよう、ご自宅へ直接取りにうかがわせてもらっております。こちらのほうへお電話いただきますと福山通運がウンヌンカンヌン」
詳細は割愛するが、要するにこのシステムでやるほうが修理期間も短くて済むらしい。やれやれ。雨の中出て来たのにから。しゃーないですのう。
ハダカ屋、、、梅雨の予感、、、 (2007.06.13)

午前中、某外車ディーラーをインタビュー取材。
午後より、通常の執筆業務。この自宅仕事のいいところは「人目を気にしなくていい」ということ。今日も気づけばパンツ一丁になっていた。身も心もリラックした状態におけば、春の小川の如くサラサラ文字が流れてゆくよ。しかし、「おっ、忘れとった。そろそろ打ち合わせの時間じゃわい」と、そのまんまの姿で家を出ようとしたことがマジで2、3度あったでごんす。ゆるみ過ぎだっつーの。

梅雨の到来は古傷が痛みだすことで察知できる。今年は特に、2、3日前あたりから右肩がヘン。8年前、脱臼したところ。靭帯が切れているので骨や筋肉に妙な感じで負担がかかっていると思われる。
起爆剤、、、ご利用は計画的に、、、 (2007.06.12)

午前中、クーの子守りで比治山に登って遊ぶ。
午後より2件連続で打ち合わせ。昨日、かなり癪に障ることが立て続けに起こり、珍しくプンプンしながら仕事したのだが、それで出来上がった企画はかなり評価高かった(笑)。やはり俺の場合「怒り」こそイマジネーションのコアなのだろうか。トホホ。

3年前、友人からいただいたハイビスカス。もらったときより3倍の大きさに成長したのだが、今年は葉の色がやたら薄い。で、一昨日100円ショップで肥料を買ってきて大量に投入したところ、今日になってほとんどの葉が枯れているではないか。肥料の袋を見ると「与えすぎると枯れることがあります」だと?!そーゆー大事なことはもっとでっかく書いとけっつーの!あほんだら!
大急ぎで肥料をかき出し、水を何度も注いで根と土を洗浄し、そこへ園芸用の土を盛る。なんとかこれでしのげればええんじゃが。
ハンターの心、、、そろい踏み、、、 (2007.06.11)

終日、執筆&プランニング。
どうやらこの忙しさは、一過性のものではないようだ。俺のような一匹狼チャンには、良い猟場に恵まれるのは有り難いことである。しかして、そこに居るターゲットを仕留めるのは生易しくはない。っつーことでたぶん今夜も徹夜じゃの。

先日、ふとした思いつきでピックアップ付きでないオベーション・ウクレレに、ピエゾを仕込む事をK楽器店O店長にお願いし、これが見事当たったわけであるが、この少し前、実はすでにピックアップ付きのヤツを某ネットショップに注文していた。2本合わせて6万円にも満たないし、気まぐれなメーカーがいつ生産中止を決定するかわからないので、安全策をとったのだ。で、昨日ピックアップ付きが到着。コアウッドの表板が非常に美しく、その意味ではこちらも当たり。ネットでは実物を見て買えないところが怖くもある。さ、役者は揃った、、、、、のか?
素人の力、侮るなかれ、、、フミチャンのこと、、、 (2007.06.10)

昨夜のPICOでのAKIRAさんとのジョイントライブを企画したのはキミコさんというごくフツーの主婦。以前北海道でAKIRAさんの歌を聴き「これはぜひ広島で歌って欲しい」と思い立ち、広島での4日間連続数カ所でのライブを実現、成功させた。こう書くと、なんだかすごいやり手のように思うだろうが、実は彼女、このようなライブ主催経験は今回が初めてで、相談役をかってでた俺は彼女から突拍子もないプロジェクト進行具合を聞いて何度も冷や汗をかいたものだ(笑)。
しかしね、やっぱり「思い」が勝つのだよ。しかも招く相手がAKIRAさんだろ?少々無謀なくらいのプランニングのほうが、面白いハプニングも期待できるというもの。いや、勉強になった。プロのプランナー&コンセプターとして、このところ計算ずくの企画ばっかり提案してきたので、俺もちょいとばかり頭が固くなっていたようだ。ありがとうキミコさん。とても勉強になりました。

それからやはり昨日のこと。AKIRAさんから「ネアリカづくりに11回も参加してくれたフミチャンこと斎藤文武くんが自殺しちゃったんだよ」と知らされた。AKIRAさんのHPで制作者を閲覧するとネアリカ大作シリーズ(全11作)「孤独のカムイ」で、2003年3月に一週間違いでフミチャンと一緒に作っていたことが判明。ひきこもりだった米木太一さんの見たビジョン「手のひらの中心の目から溢れ出る涙の海」がモチーフとなったこの作品は、全11作品の中で、一番身近で現代的なテーマである「孤独」から生み出されたものだ。制作当時、AKIRAさんのブログにその日の制作者が写真入りで紹介されていたのだが、どういうわけか、フミチャンのたたずまいはすごく印象に残っていた。今日、制作者一覧Photoを見て「あ、この人だったのか」と驚いた次第。ご冥福をお祈りします。安らかに。
歌の抱擁 (2007.06.09)

夜、流川PICOにてマルチアーティストAKIRAさんを迎えてのジョイントライブ。
客の入りを心配していたが立ち見が出るほどの盛況ぶり。まずは俺らFarEastLoungeから。

セットリスト
「愛しい人よ」>「カプチーノもう一杯」>「テビチ記念日」>「花が咲くとき(カバー)」>「アカバナー」>「梶山ソロ(新曲)」>「Telephone」>「その男ヨシオ」>「新しいストーリー」>「夫婦蛸」>「ひかりのうた」

続いてAKIRAさん。彼のバンド「ONSENS」では、曲と曲が繋がり合い、まるでミュージカルのようなひとつの壮大なストーリーを形成する。かたやソロではAKIRAさん、いや「杉山 明」としての個が剥き出しとなる。痛い、嬉しい、切ない、もどかしい、、、、そんな魂の襞が、アコースティックギターとピアノで紡がれたキャンバスにリアルに描かれていった。歌であり、絵であり、小説であり、オブジェである。俺はAKIRAさんと客席を真横から見ていたのだが、歌っているのはAKIRAさんのはずなのに、聴衆が相当に高い次元で呼応しているのが見え、それは以前俺が彼の画廊で参加したコラボレーションアート「ネアリカ」そのものだった。送り手と受け手のこのような関係はそうあるもんじゃない。新曲も素晴らしかった。これは歌の抱擁だ。

ライブ終了後はそのままPICOで打ち上げ。その後半、某女性のリクエストでビール瓶を大胸筋で挟んで見せたあたりから、記憶がない(笑)。いい夜でござんした。ありがとうAKIRAさん。主催のキミコさんもお疲れさまでした。
力と暴力 (2007.06.08)

午前中打ち合わせ。午後より執筆&プランニング。

新潮新書から出たばかりの戸塚 宏「本能の力」を買う。俺はこのオッサンを否定も肯定もしない。ただ、この国においてきわめて突出した存在である彼の考えを知りたい、そういう好奇心があるのみ。彼は「体罰」を推奨し、それで数人の若者を死なせ多くの人々から糾弾された。確かに弱者に一方的に加えられる力に関しては非難されるのが当然と思う。しかし力、イコール暴力ばかりではないはずだ。
俺は武道をたしなむ者である。武道とは理不尽な暴力から身を守るためのもの、と理解している。俺だけではない。俺の家族、親族、友人知人が同様のトラブルに見舞われた際も、盾になるつもりでいる。非戦闘員を巻き込むすべての戦争を嫌悪するが、「戈(ほこ)を止める」と書く「武力」そのものを手放すつもりはない。たとえば、暗く危険な山道を俺と女性が歩いていたとする。と、突然目の前に不逞の輩が登場。俺に力がなければ女性はソイツのなすがまま。日頃「暴力反対」を唱える女性でさえ、そのような非常時には俺の腕力に期待を寄せるのはほぼ100%間違いない。ガンジーが「非暴力」を提唱できたのは、彼の身分が高く安全圏に身を置いていたからだ。食うや食わずの貧乏人がマネしてみろ。あっちゅーまに踏み潰されるのがオチだ。
ああ、なに言いたいのかわからんようになった(笑)。すまん、酔うてます。もう寝ます。サノヨイヨイ。
それでもドコモの味方です?!、、、今週末ライブ、、、 (2007.06.07)

執筆、プランニング、打ち合わせetc。

昼過ぎ、資料を探しに某書店をのぞくと、創刊されたばかりの中高年向け月刊誌を発見し、しばし立ち読み。このテのものを好んで読むほどフケてはいないが、新しく出た雑誌がどんな意図を持って、そしてどのようなデザインで構成されているかは興味のあるところ。で、実におもろうなかった。1年は持つまいな。資源のムダづかいしよってからにぃ。

ところで電気通信事業者協会(TCA)の最新発表によると、5月の携帯電話契約の純増減数でソフトバンクモバイルがトップに立ったげな。俺は数年前までドコモの広告に関わっていたけど、全国的にここのエリートきどりの体質が気に入らず、できるだけヤボったい、しかしパワフルな広告戦略を提案し続けた。その案が修正なく全面的に受け入れられたのはたった1回だけだったが、キャンペーンは大当たりし、あげく、申し込み回線がパンクするというオマケまでつきよった。以降は鼻持ちならないエエカッコ路線を再び踏襲。攻めのモチベーションを失わなかったau、そしてついにはソフトバンクにも水をあけられたというわけだ。
一ヵ月前くらいだったか、ドコモ広報が「そろそろドコモは反撃させていただきます」などとこれまた余裕をかましたスピーチをしていたが、「そろそろ」どころか手遅れかもしれんぞ。そういう俺はドコモである(笑)。最近、バッテリーの減りが早いので、機種変を検討中。GPS付き&防水がええのう。

今週末土曜日のPICOでのAKIRAさんとのジョイントライブ。知人友人に声をかけまくっているのだが、仕事その他でほとんど来れそうになく、23日のジャイブへ客が集中しそう。俺がFarEastLoungeでやる場合、集客のMaxが60人弱。悪い時は10数人。今回はそのワーストを更新するのか?ううむ、なんとか足を運んでちゃぶだい。AKIRAさんも素晴らしいんだってば。マジで。
イマジネーションの欠如 (2007.06.06)

終日執筆、合間に数件打ち合わせ。
ところで、6月に入っても全然ヒマにならんのですが(笑)。まぁ声をかけてもらううちが花っつーことで。

甥っ子の直樹(小6)が修学旅行へ出かけた。行き先はUSJとか。修学旅行先をどこに選ぶか、決定権があるのが誰か知らんが、なんだかイマジネーションが貧困に思えてしょうがない。もちろん、宮島厳島神社もUSJも人間が作り出したものということでは同じだ。しかしね、小学校6年間を締めくくる旅行だろ?遊戯施設を巡って「ああ、面白かった」だけでええのかいな?
たとえば、過疎に喘ぐ農村の棚田で3日間、泥にまみれてひたすら田植えをするというのはどうだろう。小一時間ならともかく、朝から晩まで、それも翌日、翌々日も腰を屈めて重労働というのはさぞかしつらい体験となるのは間違いない。だが、「食べ物がどこで、どうやって作られるか」「労働とはどういうことか」「過疎の現実」というような、都会では得難い意識や感覚が、流した汗の分だけ生涯残る肉体的感覚としてその小さな体にインプットされるのである。どんなにすごいアトラクションに乗ることよりも、これは大きな意義があると思う。
昨日付けだったか、某ローカル新聞に、広島広告賞受賞作が掲載されていた。広告屋の端くれとして、勉強させてもらうつもりでワクワクしながら目を通したが、結局一部のもの(パッケージなどは面白かった)以外の新聞掲載やポスターなどにはほとんどなんの感慨もなかった。たしかにそつのない奇麗なデザインではあるが(そしてカネもかかっていそうだが)、クライアント、広告代理店、デザインプロダクション。この3者間だけで完結している。「それがなにか?」なのだ。一体誰に向かってメッセージを発しとるんじゃい?このような退屈なものを作ってはいかんよな。
教育の現場も、広告業界も、「ま、こんなもんでしょ」みたいなところで折り合いをつけているような気がしてしょうがない。イマジネーションの欠如。俺も充分気をつけねば。
伝説のライブから10ヵ月 (2007.06.05)

終日取材。帰ってからは十数本ぶっ続けでデンワ打ち合わせ。

いよいよ明日、スーパーマルチアーティストAKIRAさんが広島入りする。スマトラタイガーにおけるFarEastLoungeとのジョイントライブ「10年ぶりのヒロシマナイトフィーバー〜暴走18切符をキミに〜」から約10ヵ月。今度は場所をPICOに移し、しかもAKIRAさんもバンドではなくソロでのバトルロワイヤル。おっと、PICOでやるのは9日(土)で、それまではほかの市内3カ所でやることになっているらしい。らしい、というのは今回の広島ライブの主催は俺ではないからだ。そう、どんどんいろんな人が介在するべきなのだ。美味しいものはみんなで分かち合おう。AKIRAさんもみんなでイジリ、いや、遊び倒せばよろし。
9日のライブスタートはPM8時あたりから。チャージ1500円+1ドリンクオーダー。流川かに道楽の3軒左隣の白菱ビル4Fです。よろしゅうに。俺も新曲(カバーだけど)用意しとります。
巳年、寅年 (2007.06.04)

週明けて、通常業務モード。まだ歌い足りん、と喉。もっと弾かせぇや、と手が訴えよるが、週末までじっと我慢の大五郎じゃぞ(古っ!)。

昨夜の雑談。相棒のちゅーぴー梶山は巳年。スマトラスタッフの黒幕氏、PAを担当したウーヤン、ボーカリストでボノボのマスターでもあるバッキーも同じ。彼らに言わせると巳年はどんなに稼ぎが低くても不思議と食いっぱぐれがないそうな。執念深いというんじゃなく、ただ飄々と在るのか。俺は寅年。神官でもある奈良泰秀氏の著作「寅年生まれはバカ正直な人」によれば、1962年生まれの俺はその中の「壬(みずえ)の寅」になる。
「壬は水を表す。川の水は絶えず流れ続け、留まった途端によどみ、腐ってしまうので、クリエイティブな仕事や海外勤務に向いている。ルーティンワークだけは避けた方が懸命」
ふむふむ、なるほど。
「常にチャレンジ精神が旺盛で、冷静沈着。試練に出逢っても次々に乗り越えていける運気がある。失敗しても必ずカムバックして勝利する不倒翁(ふとうおう=おきあがり小法師)タイプ」
よっしゃあ!
「水は液体、固体、気体と自由自在に変幻できる柔軟性がある」
おおっ、ますます俺じゃわいの。
「しかし、川が氾濫するように一度頭に血がのぼって逆上すると、もはや誰にも止められない。激情にかられないよう精神修養に励むべし」
とほほ。やっぱこういうオチですか。
荒馬のように (2007.06.03)

朝10時もっさり起床。ひっさしぶりによう寝たもんで、体調見事に回復。30分ほどヨガやったらすっかりいつもの戦闘モードに。

ところで本日は夕方より流川「スマトラタイガー」にて周年記念ライブに出場が決まっておる。はっきり言おう。俺はものすご〜〜〜〜〜〜〜くライブがやりたくてしょうがなかった。「今日は客を、、、、、、、俺の演奏でツンツンど突き回したる!」そんな物騒な気持ちを鎮めようと、午後より喫茶こばやしスタジオにてかなり激しい歌い込み。しかし、これが結局闘争心を逆に煽ってしまったようで(笑)。
本番(俺らは2番手で8時過ぎに登場)では、のべつ吹き上がろうとするマグマのような情念をコントロールするのに四苦八苦。

本日のセットリスト
「愛しいひとよ」>「カプチーノもう一杯/カリビアンバージョン」>「テビチ記念日」>「アカバナー」>「梶山ソロ」>「ヨーデル潮干狩り」>「その男ヨシオ」

がははー。最後まで荒馬のように突っ走ってしまったど。お客さんには申し訳なかったかもしれんが、実に気持ちよろしかった。っつーか、その一方でちゅーぴー梶山、ツン氏の絶妙な絡み具合に今さらながら感心し、途中何度も聴き入ってしまった。このように理不尽に気持ちがはみ出すほどのパワーがまだ俺の中にはある、それが嬉しく、また、このメンバーでステージに立てることの贅沢をただ感謝するのみ。

ところで本日デビューした俺の新兵器、オベーションウクレレ弐号機「赤い彗星」。客席にはどう届いたか不明だがモニターを聴いた限りでは素晴らしくよく鳴ってくれた。ひとまず安心。しかし、フレットに改善箇所発見。こういうこところは演奏中でも冷静に見れるようになった。まだまだな俺であるがまだまだいけそうかも。
遂にダウン、、、喜業家、、、 (2007.06.02)

たまっていた数日分の新聞読んだり、ウクレレいじりながらTVでカープ中継見たり、夕方までホンマひっさしぶりに、ボ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッと過ごす。で、ハラ減ったので某セブンイレブンの弁当買って食ったらしばらくして脂汗が出て、ものすごく気分が悪くなり、たまらず横になる。弁当が悪いのではないと思う。疲れがイッキに出たのかね。

先日、某起業家事務所を取材で訪れたとき、彼から
「キミの最終目標はなんなの?」
と訊かれた。さぁ、なんなのでしょう。っつーか、昨日のクリエイターズミーティングの席でも、とある企業コンサルタント氏からも
「起業家はたいへんですね、ってさっきから春駒さんはおっしゃるけど、アナタだって起業家でしょ」
と笑われてしまった。
そうか、俺は起業家だったんだ(爆)。
俺のように確たる自覚も目的もなしにその日その日のみに集中するのは、端から見ると奇異に映るのか。まぁしいて言うなら、好きな時に好きな所へ行って好きな事をする財力を稼ぎだすためのビジネス、、、、ということにしておこう。会社を立ち上げ、スタッフを雇い入れる気持ちは今後もたぶんない。昨年末、就職情報誌から逆取材を受けたときに期せずして俺の口から出た「仕事とは世界の関わりを発見すること」、これに尽きる。起業家というより<喜業家>でありたいな。
シェルター69 (2007.06.01)

午後、打ち合わせ2件。
そのうち1件は、実家建替えプロジェクトで建築家D氏と。前回提案してもらったものに修正を加えた部分を説明。けっこう面白い事になってきたが、俺も親も今のところ予算はまったく度外視(笑)。俺の仕事場はもちろん、専用道場、音楽スタジオ、ゲストルームまである。大丈夫なのか?

夕方、市内某所にて、広島のクリエイターの懇親会に出席。顔見知り多し。
その後、所用を済ませ、オープンしたばかりのナカハラヒサロオ氏の店「シェルター69」へ。元は瀬川氏の「JACARA」があった場所であるが、中央にあったカウンターが撤去され、かなり開放感があり60人は入れそうだ。雰囲気の良かった煉瓦の壁はそのまま。ドラムセットやPAも充実。ナカハラさんのミュージシャンネットワーク(地元福岡勢には特に顔が広い)を考えるとチャージシステム次第では、他のライブハウスの脅威になるかも。ただ、いつも誰かがダラダラと締まりのない音を出しているとしたら客足は遠のく。彼もそこらへんは注意しておくと言っていた。
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