Far East Lounge 三代目春駒小林一彦オフィシャル 小林一彦イラスト

 HOMENEWS36.5°DISCOGRAPHY屈折日報直球160キロの世界
 GALLERY HARUKOMA人間世界遺産PROFILEよい子の掲示板MAIL 
2007年12月の日記

寒波襲来、、、なにごともなく大晦日、、、 (2007.12.31)

古傷が一斉に悲鳴を上げる「春駒気象台」の予報はやはり的中。この冬一番の寒気団が襲来し、ベランダでけなげに耐寒訓練を続けていたハイビスカスもダウン寸前にて、あわてて室内へ入れてやる。

墓参りをし、親戚ん家を回り、実家では帰省中の弟と話し込んだり、ついでに酒飲んだり。ああ、こうして何ごとも無く2007年は暮れ往くのであった。あーこりゃこりゃ。
テイラー掃除 (2007.12.30)

昨日あたりから、右肩、腰、右手首など、以前脱臼や捻挫などをやった古傷が猛烈に痛み出している。こりゃ予報通りキョーレツな低気圧が接近しよるわい。たのむ、ギックリ腰だけは勘弁してくれ。

昼前、喫茶こばやしスタジオにて歌い込み&独り稽古おさめ。終了後は、愛器テイラー<八丁念仏>の弦をはずし、いつもより念入りにポリッシュをかけて一年の労をねぎらう。このギターも約15年。満身創痍だが、まだまだいけそう。これから空気がますます乾燥するとネックも反るので、1ミリ弦高をあげる厳冬期用サドルにチェンジ。さぁ、いつでもこいや、大晦日。
AVカメラマンと勝負 (2007.12.29)

気がつけば、夕方。しかもパジャマ代わりのジャージのまんま(笑)。
ああ、とっとと年明けてくれんかの。通常ならウキウキしてもいい年末が、今年はなぜか鬱陶しく、気合いが入らん。「おあずけ」をくらったボクサー的ココロ。我慢できずに新年は2日から仕事するかも。

昨日届いたDVD「UNDER COVER JAPAN」をぼんやり見ていてヒラめいたことひとつ。このドキュメンタリーは、3人のアダルトビデオ監督が2003年の年末から元旦にかけ、北海道、東京、沖縄で、自分がどう過ごしたかをハンディカメラを使って日記風に撮った3部作形式のオムニバス。第二部の東京編=カンパニー松尾氏のハメ撮り映像以外は、エロいシーンがない。三者三様ぼそぼそとたわいもないコメントをからめながら進むというか漂うカンジで、作為の無い分、逆にリアルで新鮮な面白さがある。いや、癒されるんだ、実に。
よっしゃ、コレでいってみるかということで、しばらく使っていなかったハンディカメラのホコリを払い、俺も残す3日間をファインダー越しに見つめることにした。以前、某インターネットTVのディレクター&ナビゲーターをやっていたとき、自分でカメラを回したことも数回あるので、上手くはないが見れるものにはなるだろう。
喫茶こばやしファイナル (2007.12.28)

午前中、今年最後となるラジオ・オンエア。メインパーソナリティのtoco嬢の邪魔にならぬよう、極力気配を抑えて相方を務めた3カ月。なかなかこういうポジションも面白いものである。機会をあたえてくれたtocoちゃん、サンキューでした。来年もよろしゅうに。

夕方から、実家「喫茶こばやし」のお別れ忘年会。本日12月28日を持って、30年の歴史に幕を引く。ほぼ、開店時からパートとして働いてくれた木村さん、桂口さん、彼女らがいなければこうまで続けられなかったと思う。取り壊し予定の3月までに、俺も友人達を集めてここで飲み会でも開きたい。
酔いどれ詩人になる前に (2007.12.27)

仕事しようかとも考えたけど、なんだか戦意喪失。ま、年明けは3日から通常業務に取りかかることにして本日は、部屋の掃除に没頭す。

月曜の夜見た「アイ・アム・レジェンド」のワンシーンが、この数日なにかの拍子にフラッシュバックする。もしかしたら、あれはたいへんな名作かもしれん。ウィル・スミス演じるところの主人公が、唯一心許せる愛犬サムを絞め殺さねばならないシーンは、見ていてホンマに痛かった。前の席で見ていたヤンキーなど、大泣きしよったけぇの(笑)。無人の廃墟となったNYシティの特撮もよかったし、なんといってもボブ・マーリィの曲が多用されているのも嬉しいかぎり。「闇の世界だからこそ光にならなければ」みたいなウィルもセリフも、俺の「ひかりのうた」に通じる。もう一回行こうかな。

夕方、もう一本の気になっていた映画「酔いどれ詩人になる前に」をサロンシネマに観に行く。これはチャールズ・ブコウスキーが自身のハチャメチャなヘベレケ人生を描いた自伝小説「勝手に生きろ!」を映画化したものだが、小説を越える面白さはラストまで見いだせずじまい。っつーか、小説だけでいいじゃん、みたいな。これなら同じ作品を随分前にミッキー・ロークが演じた「バーフライ」のほうが印象に残る。
あなどれんぞ府中市 (2007.12.26)

某季刊誌の取材仕事で、カメラマンA氏と府中市にある、「ジーンズ企画工房」を訪ねる。こちらは全国でも珍しい、ジーンズのオーダーメイドを手がけているショップで、「世界でたったひとつのジーンズ」をコンセプトに掲げ、社長のYさん以下、少数精鋭の職人さんが採寸からパターン引き、制作まですべてを請け負っている。ここだけのハナシ、俺はジーンズ職人に憧れていた時期があったりするもんだから、マニア垂涎の気合いの入ったこだわりジーンズが居並ぶ店内で冷静にインタビューすることはタイヘンでおました。
ジーンズだけでなく、「リアルマッコイズ」に勝るとも劣らない超こだわりのMA-1レプリカが、それも相当リーズナブルな価格に抑えられたりしていて、勘弁してくれ〜のココロ。
あれやこれやと目移りしまくり、あげく、軽い目眩を起こして卒倒寸前の俺を尻目に、Aカメラマンは袖部分が着用したままで収納できるフィッシングベストを見つけて即買い! ズルイぞAさん!(爆)。いや、俺も手持ちのキャッシュがあれば、1万数千円也のヴィンテージモデルを手にしていただろう。ばっちり目星を付けたので、また日をあらためまして、I will be back?!
さて、取材もなんとか終えたなら、すでに昼。
「あんたらにごちそうしたい府中名物があるんじゃが、どうかいの?」
と、Y社長に案内してもらったのが、JA福山の裏にひっそりたたずむ、民家風のお好み焼き屋「おがわ」。
「府中のお好み焼きは、広島のと違うて、肉はミンチを使うんよ。名付けて<府中焼き>じゃ。まあ食べてみんさい」
「、、、、、!!」
なんというのか、肉をただミンチにしただけで、こうまでテイストが違うとは。ミンチのラードが麺をこんがり焼き上げるのか、歯ごたえいいのに中は逆にふんわりしており、確かに広島風お好み焼きとは似て非なる食感。マジで美味い。「おがわ」のオバチャンも<府中の綾戸智絵>と言いたくなるようなパワフル&お茶目さよ。
聞けば、この<府中焼き>をもっと広く知ってもらおうと、府中商工会議所が府中市内の全38軒を対象に
「府中焼きスタンプラリー」を開催しとるげな。地方の力量は、人の多さやインフラの充実度では語れない。やはりオリジナリティだ。ジーンズ企画工房といい、府中焼きといい、府中市が新参者=俺に放ったキョーレツなボディブローで気持ちよくKOされちゃいましたとさ。
30年稽古 (2007.12.25)

午前中、素ン晴らしいスピードでアイデアが沸き出て、快調に企画書を仕上げる。
午後より、市内某所にて取材仕事。

夜はいつものように喫茶こばやしスタジオで歌い込み&独り稽古。休憩時、外へ深呼吸をしに出た時、入り口横に貼られたオヤジの筆による「閉店のお知らせ」が目に入る。いよいよここも店自体の営業、つまり喫茶店としては明々後日28日で30年の歴史にピリオドを打つのだね。っつーか、途中幾度かブランクはあったが、こういう孤独で地味な鍛錬を15歳くらいからこの場所で続けてるわけだから、俺も30年選手かいな。ここが無くなっても場所を変えて俺の稽古は生きているかぎり続くのである。俺の「作品」に関する他人の評価は常に気になる。が、選んだ<道>に対しては、どう思われ、なにを言われようがまるで耳に入らん。自分が決めた、今、為すべきことに没頭できることの有り難さよ。
伝説の男 (2007.12.24)

午前中、レッスンに出かけたオタマに代わって子守り。
午後よりオタマ&セガレをクルマで吉浦の実家へ送り、帰ってから1人寂しく通常業務。明日から2日連続でインタビュー仕事があるので、主にその準備。
たぶん、これが終われば、残す年内の案件は1つか2つ? いや、やろうと思えば、年明けから再開する業務のいくつかには手がつけられるはずだ。少しでも片付けておいたほうが2008年は軽やかなスタートダッシュになるじゃろうし、、、、などとあれこれ逡巡。聖なる夜に<メリー無理シテミマス>かね?

結局夜は早めに仕事を切り上げ、マイカルワーナーで「アイ・アム・レジェンド」を見る。さいとうたかを画伯が描くところの「サバイバル」みたいなのを期待していたのだが、途中から相棒のチューピー梶山や敬愛するギタリストのbasakuっちみたいな、つまり<スキンヘッド>のゾンビ衆が大勢出てきて笑ってしまう。小学生の時、火星に不時着して1人生き残った宇宙飛行士の映画(タイトル失念)を見たことがある。孤独であることの恐怖感を表現するという点においては、そっちのほうが何倍も出来が良かった。
ただ、このゾンビ衆を、近い将来必ず登場するであろう、人類への高い感染力を備えた新型の鳥インフルエンザに置き換えてみると、笑ってばかりもいられないのである。爆発的に感染した地域を、この映画同様に軍が力ずくで封じ込める可能性もないとはいえん。地球温暖化、鳥インフルエンザ、格差社会、、、、ほんま、人類よ、いがみあっとる場合じゃないで。ひとり一人の知恵と勇気が試されるのはもちろん、助け合う気持ちが無ければ、結局、誰も生き残ることはできん。今こそ、俺やキミやみんなが、<レジェンド>になろうではないか。
おっと、主演のウィル・スミスの演技は素晴らしいし、泣かせるシーンも多々あり。見て損はない。
休日返上のぞむところ (2007.12.23)

午前中子守り(っつーか、ここんとこコレばっかりじゃの。笑)。
午後より執筆業務。たぶん明日の振替休日も通常営業するつもり。いや、休日はデンワもかかってこないし、仕事がはかどるのよ。あ、建築家の安藤忠雄サンも同じこと言っておられました。やっぱりクリエイターが世間一般と同じような尺度で動いとっちゃあモノにゃあなるまいて?!

夕方、家族と近所のサティへ。どのフロアーも客でごった返し、ただならぬ殺気。とっとと退散!
絶望の縁から (2007.12.22)

午後から、仕事に出たオタマに代わり、夜10時まで子守り。
俺がほとんど在宅業務ということもあり、世の一般的なオトーサンよりは子供の世話をする時間が圧倒的に長いのは間違いないだろう。実際かなり大変だぜ(笑)。それをカミサン1人に任せっきりにするっつーのは、いかがなもんかと。俺は「男女同権」というコトバが好きになれないのだが、要所要所で役目を分担するのは、今の時代では大いに必要ありと思う。

子守りの合間、広島出身で全聾の作曲家、佐村河内 守氏が自らの半生を綴った「交響曲第一番」を読む。彼はどうやら我が母校の一年後輩のようだ。高校時代から発作の症状が起き始め、その後、徐々に難聴となり、99年、35歳の時に完全に聴力を失ってしまう。作曲家としては致命的、のはずが、彼は心身の苦痛と闘いながら、彼の頭の中でしか響いていない膨大な量の「音楽」を交響曲として紡ぎ、いつしか「死にたい私」から「生きたい私」への道を見い出すのだ。まったくなんという男だろう。ハンデを持ちながら、常人に近い作品を生み出すアーティストはいる。けどね、それ以上の、とんでもないハイレベルなことをやってのける傑物も存在するのだよ。
以前、ある水彩画を見て一目惚れしたことがある。そしてそれが不治の病に冒され、首から下がまったく動かない男の口にくわえられた筆からほとばしり出たものと知ったときの驚愕。「頑張っている障害者」への同情票ではなく、圧倒的な力量とイマジネーションを備えたアーティストが、またひとり、お出ましでござい。
ムラは問う (2007.12.21)

午前中ラジオ。
番組中、中国新聞朝刊の気になった見出しについてトークするコーナーがあり、俺は「ムラは問う」なる新刊が本日リリースされたとの記事を選ぶ。この本は今年1月から半年間、中国新聞紙上に連載されたものを単行本としてまとめたもので、全国に先がけて衰退する中国地方の山間集落の現実、さらには中国やタイまで取材の脚を伸ばしてグローバル化がもたらす「農」の窮状を取材した渾身のレポート。俺は思いっきりハマり、この連載専用のスクラップファイルを作ったほどだ。ま、そういうことを熱くしゃべり倒したうえで、
「中国新聞社の方、もし今、この放送聴いていたら、ボクに一冊プレゼントしてくださいよ。宣伝しまっせ〜!」
とちゃっかり付け加えることも忘れなかった。
果たして番組終了後、ほんまに番組を聴いていた中国新聞編集局から「ぜひ春駒さんへ」と一冊進呈されちゃいましたとさ。がははー。春駒カンゲキ!
いや、実際、素晴らしい本だから、皆さんもぜひ。ただし本屋さんで(笑)。
夢で会いたい (2007.12.20)

午前中、企画。昼イチ、某プロダクションで打ち合わせ。帰ってからデンワであちこち取材交渉。

仕事中のBGMは、豊田勇造アニィの今年出たアルバム「夢で会いたい」。彼の歌とギターは、いつも日向水のようにあたたかでやさしくて、どこか懐かしい。彼の存在を知って30年。年に一度、広島で一緒にライブをさせてもらうようになってからも25年が経つ。きょうはどこの街で歌っているのだろうか。まだまだ追いつけんのう。

夕方より、薬研掘の「紅緒」にて、心体育道広島直轄道場の忘年会。俺の知らない新しい門下生多数。心体育道のDNAは確実に継承されていくであろう。
ヘラヘラしつつも戦闘モード (2007.12.19)

終日、執筆&取材交渉&来年の事業展開企画。

オフィス春駒事業展開プロジェクトの皮切りとして、2008年の1月には、「屈折日報」以外、長らく放置プレイに処していた当オフィシャルHPの大幅リニューアル第1期工事に着手する。
予定では、読者諸兄もすっかり見飽きたであろう「直球160キロの世界」「GALLERY HARUKOMA」の2コンテンツを削除。逆に「BBS」をスパム対策を施したうえで復活させる(リクエストが多かったので)。また、新規コンテンツとして「お仕事のご依頼」「Live情報」「Live宅配サービスはじめました(仮称)」以上3つをセットアップ。残すコンテンツも手直ししするが、表紙デザインは名刺デザインとの互換性があり、ほとんどこのままになるでしょう(天気予報かよ)。
このHP「第1期工事」に続く「第2期工事」は、08年11月あたり。その頃にはオフィス&スタジオを備えた新居が完成していると思われるので、いかに俺が仕事をヤル気になっているかをPRすべく、それら専用ルームを部分的に写真で紹介するプチコンテンツを用意したい。
それとこの数日、当日報に曖昧模糊と書き綴った「個別業務をリンクさせる方法」だが、親愛なる読者諸兄はとっくにお見通しと言うかバレバレだと思うけど、法人化せぬまでも、ちゃんと「office 春駒」という器=プロダクションを立ち上げ、仕事をトータルで企画&ディレクションできる体制を準備する。これはマジ。

ほかにも、ライブ日程が決まれば割とちゃんとしたフライヤーを作るとか、宣材用写真を撮影してもらうとか、音楽活動に関するプランもあるのだが、きょうはここまで(なんじゃそりゃ?)。
業務のリンク (2007.12.18)

終日、執筆&事務処理。
広告業務に関して、以前は「業務日報」一冊にすべてを書き込んでいたのだが、今年からそれに加えて「受付」「請求」「進捗」など別個に3冊用意したので、混乱してナンジャモンジャ状態になることは防げている。っつーか、去年までは「請求漏れ」がいくつかあったのよ(笑)。この業界、値段があってないようなもんで、ウッカリできん。それなら、こっちで用意するしかないと思い、「企画」「取材&コピー」「HPディレクション」「ネーミング」「ナレーション」など各項目の料金目安となる表も作った。反発を買うかと心配したが、いまのところ好評。最初にオカネのハナシをしておけば、担当さんも安心できるみたい。

ところで来年は、この別個に動いていた各種業務を、もっとうまくリンクできんかと思案中。たとえば、某レストランのパンフの仕事が来るとする。で、無事納品し、その時点でそこのHP制作の仕事がまったく別のプロダクションにて同時進行していたことを知る。そのように出来上がったものは、コンセプト、イメージ部分において著しく協調性を欠いている場合がかなり多いのだ。俺は、ただ入ってきた仕事をそつなくこなすのではなく、「ああ、春駒に頼んでホンマにエカッタわい!」と言われるようなレベルを目指している。プロジャクト全般に渡り、コミットできることを知ってもらいたい。その能力はある、、、、のか?(笑)。
思うように生きるために (2007.12.17)

終日執筆&企画。
その合間、来年おっぱじめるつもりのオフィス春駒事業展開の草案「こうあって欲しいノート」作り。新井がカープを抜けたのは決して金額だけの問題じゃない。「勝つことをイメージできなくなった」からだと思う。それはアスリートだけでなく、クリエイターには致命的。もともと人は自分の思うように生きたいはず。なのに実際、どのように生きたいか、明確なビジョンを持っている者は少ない。ひがみっぽくグチが多いヤツはその典型なり。俺はオヤジが競輪選手だったからよくわかるのだが、プロスポーツ選手はどんなにスター選手であっても故障をし、治らねばオワリ。成績が悪かったらクビ。なんの保証もありません。文字通り「体を張って」生きている。それだけで潔いと思う。新井の去就をとやかく言ってはいけなかったのだ。
師走の街 (2007.12.16)

午後より、ひとりで街の中心部をブラブラ。珍しく知人と一度も遭遇せず。
セレクトショップの「ビームス」「ユナイテッドアローズ」では、彼女らしき女性に服を選んでもらったり買ってもらっている男、多数目撃。ええのう、俺にも頼む!
なぜかこの季節は、最初にデートしたワクワク感を想い出す(笑)。そう、あれはたしかに年末だったのだ。今ではもうその時の彼女の顔さえぼんやりとしか想い出せないのだが、ピンクのマフラーと、そのふんわりした匂いだけはメモリーされている。彼女もオバサンになっていることだろう。っつーか俺もオッサンだってか?!
「型」と「組手」 (2007.12.15)

仕事に出たオタマに代わり、昼から夜10時までセガレの子守り。
公園にて、3歳児の彼に合わせ体を低くして遊んでいると、ふだん武道稽古でもヨガでも鍛えきれていない筋肉があることに気付く。これはかなりキツい(笑)。特に寒いこの時期はギックリ腰に要注意。そういや3年近くやってない?!

その合間、NHKで全日本空手道選手権大会を見た。男女の「型」「組手」それぞれの日本一を決める試合であるが、心体育道門下となって10年近く経っている俺の目には、あらためて奇異に思えたことがいくつかあった。そのひとつ。「型」が技を錬磨する修練法であるなら、その優勝者は「組手」でも圧倒的な強さを見せつけてくれるはずだが、この大会を見る限りでは、あたかもまったく別の競技のごとく選手自体も区分されていた。また、組手の中で、「型」において多用される「後屈立ち」「騎馬立ち」などは絶対と言っていいくらい使われていない。また「型」競技の息苦しさというのか、あのように直線的&全身硬直したままで、はたして直観的な動きが可能なのだろうか。
一方、心体育道の「捌きの型」は、型のための練習ではなく、無限に技を生み出すための手段でしかない、という考え方をしているけど、それらはすべて実戦にほぼそのままフィードバックできる。つまり、型の上手さは間違いなく組手の上手さに比例する。また、従来「実戦では使えない」とされてきた「騎馬立ち」「前屈立ち」「後屈立ち」「三戦立ち」なども多用しており、それらがきわめてヤバイ効力を発する立ち方であることも証明している。もちろん「硬直」などしておらず、水の動きのように流麗で無駄がない。見映えもいい。だからほんとに時間がない日、俺は「捌きの型」だけやることがある。
いや、伝統的な空手道を批判しとるんじゃないです。ただ、高校時代は極真と松濤館空手、社会人になってからは一時期、中国拳法もやっていた経験からして、心体育道はそのどれともまったく違う新しいものでありながら、なぜか心体育道こそが、武道的な意味で一番<空手>に近いのでは、と思った。
仁義無きオファー (2007.12.14)

午前中ラジオ。
帰って執筆。
夕方、某プロダクションにて打ち合わせ。

旧知のへっぽこプランナー(しかもギャル曽根レベルの大食い)のIから、またというかやっぱりというか、最初からギャラを払うつもりがないようなオファーがくる。そのクセ、あーだこーだと注文は人並み以上。もうこれは「天災」としか言いようがない。某ソース会社のラジオCMソングを作れということだが、早速夜、喫茶こばやしスタジオにてナレーション原稿に目を通してイメージを膨らませてから、ウクレレをいじってると、雰囲気にぴったりのフレーズがあっちゅうまに降りて来た。うむ、こりゃ100万円ぐらい請求せにゃ気が収まらん。ちゃんと払えよイコマユカ(あ、名前言っちゃった。笑)。
心頭滅却 (2007.12.13)

終日執筆。数日前の予告通り、某案件数種類の原稿は締め切り前日の今日、無事に送ることができた。直しが少ないことを祈る(笑)。

夕方、喫茶こばやしスタジオで日課の歌い込み&独り稽古。稽古はいつものように有線でリズム&ブルースをガンガンかけながらやる。おまけに実家に俺と一緒に遊びに来ているセガレが横でオモチャで遊んでいる。端から見れば「これで武道の稽古になるの?」と首を傾げるような光景だろうが、こういう気の散る環境でこそ、逆に集中力や平常心が養われると思い、意識してのことだ。俺の執筆現場はもっとスゴイ。クライアントがこの日報を見てるといけないので詳しくは書かないが、通常のライターなら精神に異常を来すか悶絶昏倒する可能性大。心頭滅却すれば火もまた涼し。っつーか、俺は周囲の雑音からヒラメキを得ることもあるくらいだ。自分を「温室栽培ビニールハウス」あるいは「無菌室」に置かず、低温やバイキンなんぞにも負けませんけぇの!という過酷な環境下に放り投げるのが春駒レギュレーションなり。タフでなくっちゃ。
漂流回避、、、トトロの森、、、後付けピックアップの限界、、、 (2007.12.12)

終日執筆。BGMは映画「ウォーターワールド」のサントラ盤。
まさにこの映画にピッタンコな茫漠たる案件の海を、ときどき漂流しそうになりながらもなんとか渡りきれそうな気配。「あ、あそこに陸地が見えるっ!」の心境。

俺の海好きは有名であるが、以前は1000mクラスの山もよく登っていた。特に吉和の十方山(1,318m)が好きで、これまで10回くらい踏破している。正規登山道のほかに頂上の南側に回れば今はほとんど使われていない荒れ果てた秘密のルートがある。ここのハイライトは「トトロ」に出てくるような樹木のトンネルが何数メートルか続いているポイント。オトナひとりがやっと通れるほどの空間を這うように歩いていくと、胎内回帰というのかどこか懐かしい「守られている」感があり、不思議なトリップが味わえる。しかし、この時期はそうとう寒かろうな。考えただけでヘックショイ!

夜、いつものように喫茶こばやしスタジオで歌い込み&独り稽古。
歌い込みでは昔のバンド時代のロックナンバーをガンガンやる。と、突然「ボコッ!」っつーイヤな音が。見るとサウンドホール上部にボルトで取付けていたピックアップのボリュームコントロールがホールの中に脱落している。これだから後付けピックアップはイヤなんだよ。強度に不安があるのだ。
「だからいっつも言いよるじゃん。アンタの乱暴な弾き方に耐えられるギターはオベイションだけだって」
そんなチューピー梶山の声が聞こえてきそうだ。はぁ〜。
お久しぶりね (2007.12.11)

仕事に出たオタマに代わり、午前中は子守り。
午後より執筆。夕方から某映像プロダクションにてTVCMナレ録り。ディレクターは業界では有名な某広告代理店のS氏だった。
ところで今回のCMのクライアントは広島某所にある工業系企業。俺はかつてプロダクション在籍時代、俺はこの企業の製品パンフを長らく担当していた。巡り巡って今、ナレーションを担当させてもらうとは。お元気でしたか? はい、ボクも恥ずかしいくらい元気です。

夜は3日ぶりに喫茶こばやしスタジオで歌い込みと独り稽古。いや、燃えましたとも。
オヤジによると、店はやはり今年一杯で閉めるそうな。それから解体予定が来年3月。思えば今の俺があるのも、このスペースが在ったからだ。無くなったら? もちろん次と相見えることとなる。俺の人生とは、つまりそういうことよの。
戦場の様相 (2007.12.10)

朝っぱらから打ち合わせ>執筆>打ち合わせ>執筆と続き、夜9時過ぎに打ち止め。
仕事の間もHPのディレクション、ラジオCMソング、TVCMナレーション、パンフレットコピーなど新規オファーがサノヨイヨイ。これで今抱えている案件も前倒しで片付けばならなくなった。具体的に言うと、週明けでよかった某案件の原稿渡しを今週中、つまり金曜日にすべて仕上げる必要がある。で、要望通り金曜日に照準を合わせる?ノー、ノー。俺は締め切りより一日早い明後日木曜日に渡すつもり(あはっ、言うてもうた。クライアントがこれを読んでいないことを祈る。笑)。キツキツの状態だと、俺はさらにフントーし、予定より早めに仕上げることを美徳としている。そうして空きを作っておけば、緊急のオファーにも対応可能じゃし。
そうかといって絶対徹夜はやらんぞー。断じてやらんぞー。能率メチャさがるけぇの。風呂入ってビール飲んで寝たるっ!
父親の責務 (2007.12.09)

一週間の疲れがたまっていたようで11時までフトンから起き上がれず。
今週と来週の2週、つまりクリスマス前あたりまでが執筆業務のピークになると思う。現段階で来年3月あたりまでのスケジュールも入りはじめているし、2008年は今年以上に忙しくなるのは必定なれど、緊張感を顔に出さず、できるだけヘラヘラとまかり通りたい。それと、いつも年末に口にしているが、来年はもっといろんな場所でライブやりたいもんだ。
ま、そんなことをぼんやり夢想しつつ、ダラ〜ッと脱力サンデー。

が、そうは問屋がおろしません。
夜、テレビ見ながらビール飲んでると、オフクロからデンワ。孫、つまり俺の甥っ子のことで緊急出動要請。すぐ実家に駆けつけて、しかるべき処置をとる。多感な時期を迎えている12歳の彼にはやはり父親が必要だ。前々から考え、家族親族には常々口にしていたことでもあるが、来年は、というか今日から俺がその任を担うことをあらためて決意表明した。自分が父親になる前から<男親の責務=果たすべき役割>について想いを巡らせてはいた。で、実際そうなってみて、今は自信を持って言えることがある。結局は野生動物となんら変わらん。ライオン、シカ、イボイノシシ、ネズミにいたるまで、父親は命をかけ常に家族の矢面に立つものだ。それがオスの本能であり、本分である。
最近全国で多発している「子殺し」は、親の精神状態がうんぬんの問題ではなく、奴らに親としての資質がスッポリ欠落していたからにほかならない。資質とは、悪いことをすれば本気で叱る。危機に瀕したら全力で守る。ここまでは動物レベル。人間はこれに加え、子供に対し「心配すんな」これを言えるかどうかだろ? 不安がらせてどうする。心休まる場所を与えられんかったら親じゃねぇ。っつーか、親は最初から親ではなく、子供の存在によって親として成長するのだ。今夜は本気でハラがたった。その激しい怒りの大半は甥っ子のしでかしたことにではなく、彼を取り巻く不安定きわまりない環境に対してのものだ。
睡眠解決、、、ハナミズ王子、、、 (2007.12.08)

コピーライターになってからだが、ある案件をどう攻略するか結論が出ず、考えながら眠りにつくと、翌朝目が覚めた時に、解決策がヒラめいていることがある。今朝がそうだった。そのことをオタマに言うと
「試験勉強していたころにそういうことがよくあった」
とか。はぁそういうものれすか。俺は試験はおろか、学校で勉強をした記憶が無いゆえ、知らんかったれす。

で、週明けスグ原稿が欲しいとの要望に応え、解決策通りに終日執筆。あいかわらずノドはガラガラだし、鼻水は止まらないしで、集中力が持続しないながらも、日付が変わる前に半分フィニッシュ。本日の作業で全体のフォーマットが頭の中にイメージできた。これで明日から少しラクになるかも。
ほろ酔いトーク、、、ブタvs渡り鳥、、、 (2007.12.07)

午前中ラジオ。昨夜の忘年会での酒がまだ少し残ってる状態のまま、ほろ酔いトーク(笑)。メインのtoco嬢とオペレーターのM嬢は、アルコール臭いサブパーソナリティ=俺に辟易したことだろう。酔っぱらいオジサンをゆるちてね(笑)。

午後より、某新聞社にてインタビュー業務。昨日に続き、本日の対象者お二方もなかなかの傑物。この新聞社、ほんまに人材に恵まれていると思った。っつーか、会社自体が、いい意味で社員を野放しにしているように見える。出来うるかぎり個人に各担当現場での裁量を任せるかわりに、仕事の中身がショボイと容赦なく叱りつける。俺がかつて在籍したデザインプロダクションも最初はそうだった。溺れたくなかったら、必死に泳げ。放り出してくれるから工夫と責任感が生まれる。グチや批判が多いヤツは、結局は自分自身を見くびってるんだ。

取材を終えて帰り道、鶴見橋のたもとで、丸々と肥え太った見たこともない種類の大型犬を散歩させている男が。いや、犬と見えたのはなんと、青いチョッキを着せられた本物のブタちゃんではないかいな。ちゃんとリードで繋がれ、主人の側を着かず離れず歩く姿がいじらしい。シッポをピコピコと振っているのは嬉しさの表現か。どこで飼われとるんじゃろ?

そうそう、動物の話題がもう一つ。取材に出かける途中、NHK前の交差点で信号待ちをしているときにも不思議な光景を見た。なんとなく上空が気になり、ふと顔をあげて息を飲んだ。遥か上空を100羽以上の鳥の群れが、音もなく大河のように悠々と流れていく。テレビで見た「サシバの渡り」にそっくりだが、時期が遅いので違う種類と思う。信号が変わっても俺は動けず、そのまましばらく目で追った。彼らはやがて、分厚い雲の切れ目から差し込むレンブラント光線の中に吸い込まれて見えなくなった。俺の回りをせわしく行き交う人々は、このゴージャスなショーに誰一人気付かなかったようだ。かなり得した気分(笑)。
サーキットワーク (2007.12.06)

朝っぱらからカラダが「運動してぇ!」と騒ぐので、午前中は企画>トレーニング>企画>トレーニング、、、、という30分間隔のサーキットワーク。とはいえ、あまり激しいことやると業務に差し支えるので、ヨガを組み込んだりしてほどほどに。なかなか気持ちえかったス。

午後より、某新聞社にてインタビュー業務。記者とカメラマンを逆取材(笑)。格闘技にたとえるなら、新聞社の記者やカメラマンが制限ありのK-1で、俺ら広告デザイン業はなんでもありのバーリトゥードか。もちろんどっちがスゴイとかいうのではなく、新聞社の取材陣もサスガ!と思わず唸りたくなるプロフェッショナルな日々を送っている。
「たいへんなのは当たり前です。楽しいから続くんだと思う」
と、カメラマン氏。同感。
執筆業だけでなく、パーソナリティー、声優、ミュージシャンといろいろやらせてもらっているが、やっぱ現場のワクワク感がたまらないのだ。血が、さ・わ・ぐ。これがあるからキツくてもやっていける。

夜は市内某所でシーカヤックショップ「パドルパーク」主催の忘年会。オジサンばかりでややひるむ(笑)。いや、楽しい酒宴でござんした。
ビジョンの有無 (2007.12.05)

目の前にそびえ立っていた案件の山塊がイッキに片付いたと思ったのもつかの間、取材仕事が新規にドドッと入ってくる。いや、ありがたいこってす。
で、ほぼ終日、取材対象者のためのインタビューシート作り&取材交渉。BGMはニール・ヤング「Silver&Gold」。これ聴くといつも気分が落ち着く。っつーか、毎年この時期はコレですな。

2004年にフリーランスとなって、最初の3年間はけっこう苦しかった。忙しさと収入が比例しない状態。バタバタ動き回る割にはそれがほとんど空回り。それは今のような実のある業務状況をイメージできなかったことに原因がありそう。
やはり、行き当たりばったりじゃハナシにならんわけで。具体的に「こうありたい」というビジョン=指針がなければ、茫漠たる海原を漫然と彷徨うだけとなる。日々の業務に忙殺されていると、そうなりがち。そんなわけで描きましたる来年の春駒ビジョンは、、、、ヒミツです!
魔法のホウキ (2007.12.04)

午前中、某クライアントの会議室で季刊誌来年春号の構成案をプレゼンテーション。
午後より、通常業務。

セガレに買ってやったDVD「魔女の宅急便」を一緒に見ていると、ふむふむと頷ける箇所多し。主人公キキが、スランプにぶつかり、魔法が使えず空さえ飛べなくなってしまう。彼女は親友の絵描きウルスラにこうこぼす。
「前はなんにも考えなくても飛べたのに、、、今はどうやって飛べたのかわからなくなっちゃった」
俺のような執筆業でもプロスポーツマンでもミュージシャンでも、「現役」でいる限り、このような迷い、葛藤、焦燥と常にぶつかり続ける運命にある。昨夜の北京五輪アジア予選リーグの台湾戦で先発したダルビッシュも、国内の試合では決して感じなかった足元の地面がめり込んでいくような未体験の恐怖を味わったことだろう。
わかったふうな顔などできやせん。っつーか俺だっていまだにわからんことだらけだ。魔法のホウキに股がって、空を自在に飛び回るには、情熱、謙虚さ、茶目っ気、イマジネーション、そしてたゆみない日常鍛錬が不可欠なり。あ、ビールも忘れずに(笑)。
コケ個ッ個ー (2007.12.03)

朝、某広告代理店担当者から某大企業用に提案していた俺の企画が、来年3月より本採用となったことを知らされた。自分で言うのもなんだが、またしても快挙である。アイデアは「プロダクション」からではなく、個人からも発せられ、またそれに対して大企業が理解を示してくれる時代になったのだ、この広島でも。
というわけで年明け早々、これまでの倍以上の忙しさとなるであろう。わずか300人で100万人のペルシア帝国軍に挑んだスパルタ軍の心境。いや、「テルモビュライで果敢にも3日間持ちこたえる」だけではいかんのだ。見とれよ、奇跡の第2章を起こしたる。気分は「ハニカミ王子」じゃ(意味不明)。
得難いテイスト (2007.12.02)

華厳の滝のごとく、のべつ豪快に流れいずる鼻水をティッシュでかみ過ぎて、鼻の下が擦りむけちまったぜい。はぁ、さすがに憂鬱。

昼過ぎ、我が家の建て直しプロジェクトをお任せしているD建築士が手がけた竣工したばかりの某物件を見学させてもらおうと、五日市へ。木造平屋なれど、「コの字型」で構成されたなかなかにオシャレな一棟。施主さんは広告代理店のデザイナーとか。最近の新築一戸建てはハウジングメーカーではなく、建築家に直にオーダーするケースが増えているが、建築家としてもそれが人目について自分の仕事のPRになればいいと考えているのか、奇をてらったこれ見よがしのものが多いように思う。で、実際に住んでみて、数年で住み辛さを感じることとなる。そんななかD氏の設計する物件は、とにかくシンプルで機能的。見てくれも大事だけど、そこに住む人の心地よさを第一に考えているからだ。
見学のあと、近所のファミレスへ場所を移し、我が家の新築プロジェクトの今後の行程についてD氏より説明を受ける。このスケジュールだと、来年10月あたりは新居に移れそう。
生活はどう変わるのだろうか。なにせ、今の自宅は2LDK。俺はリビングで仕事をし、メシを食い、テレビを見、作曲する、という具合にオールインワン状態。これはこれで便利な面もあるのだ。それが新居では用途に応じてスペースが割り当てられる。たたき台となる基本図面は俺が引いた。フロアーは12m四方の正方形。真ん中にある2.7m四方の中庭を囲むように各部屋を配したのだが、寝室、音楽室、バス・トイレ以外には仕切りというものが存在しない。スペースが広くなっても、今の「狭いけれど愉しい我が家」の得難いテイストを分断したくなかったからだ。県内外から訪ねてくる多くの友人たちのためにゲストルームも設けた。これで家族や友人たちとの絆が一層深まるものと期待している。いや、そうでなければ意味がない。
踏んだり蹴ったり (2007.12.01)

これまでなら風邪を引いても一日寝ればたいてい治っていたものだ。ところが9月の終わりと今回、計2度目となるセガレ経由の風邪のしつこさといったら、食いついたら離さないスッポン並である(笑)。
今朝も鼻の奥がツーンと火照り、咳が止まらず、体の節々が痛む。熱がないのがやや救い。きょうもこの調子で悶々と過ごすのかと思うとハラがたってきて、3週間ほどさぼっていたクンダリーニヨガ「火の呼吸」を7セット、まさに火のような気合いでやったところ、激しい目眩。バカか俺は。

明日、元気になれば映画でも見に行きたい。楽しみにしていた空手映画「黒帯」がぼちぼち公開されるんじゃなかろうかとパソコンで調べれば、なんと、広島での上映は昨日で終わっとるじゃんか。ショーーーーーーーック!!
仕事に対し集中力が持続するのはいいことだが、時に回りが完全に見えなくなる。浦島太郎じゃないんだから。
バックナンバー
build by HL-imgdiary Ver.1.24

HOMENEWS36.5°DISCOGRAPHY屈折日報直球160キロの世界
GALLERY HARUKOMA人間世界遺産PROFILEよい子の掲示板MAIL 


Copyright?2003 HARUKOMANIA All rights reserved